2015年12月28日

74 第七十一話



金沢駅に隣接するファッションビルの前に立った長谷部は、その建物を下から仰ぎ見た。
「え?ここ?」
「うん…。」
自分たちと同世代もしくは少し若めの洒落っ気のある男女が辺りを歩いている。
彼は岩崎の形(なり)を見つめた。
白シャツにサマーカーディガンのマゼンタ色が映える。長谷部が知る岩崎はいつも代わり映えのない服を着て、世間の流行のようなものから自ら距離をおいている存在。それが今日はこの場に相応しい垢抜けた出で立ちである。意外な一面というよりも全くの別人。彼は戸惑っていた。
「あの…どうしたん?」
「え?」
「俺…岩崎さんのことやから、てっきりここじゃなくて駅自体に用事があるんかと思った。」
「なんで?」
「…えーっと、俺、岩崎さんってこんなイマドキの場所とか洋服とか全く興味ない人なんやと思っとってんて。」
「え?じゃあ私が駅に何の用事があるって言うの?」
「え?…ほら…例えばいま、金沢駅工事しとらいね。」
「うん。」
「俺、あんまりその手のこととかよく分からんけど、岩崎さんやったら、来年4月の北陸新幹線開通に伴うその経済効果的な奴を、実際の現場見て考えてみるとか…。」
「え?」
「あ、じゃあ…地方交通網の研究とか…。」
「何?フィールドワーク的な?」
長谷部は頷いた。
「あはは。」
感情を表に出さない岩崎が初めて長谷部の前で笑った。
「そう見えるんだ。」
「あ、あ…ごめん。変な意味で言ったわけじゃないげん。」
「いいの。」
「ごめん。俺の偏見やった。」
「偏見じゃないよ。私も昨日まではこんな格好するなんて考えられなかったの。」
「え?」

「いらっしゃいませ。」
こう言って売上を管理する台帳のようなものに目を落としていた山県久美子は、入ってきた客に対応するべく顔を上げた。
「あ…。」
そこにはどこかおどおどとした様子の岩崎と長谷部があった。
「うわ〜嬉し〜い。」
アルバイト店員が岩崎の側に寄って行った。
「ウチの服着て来てくれたんですね。やっぱりすっごい素敵ですよ〜。」
「あ、ありがとうございます…。」
顔を赤らめた岩崎は落ち着きがない様子であった。

「いい?私があなたにお願いしたいのは、その子がまたそこに来たらあなたが直接接客して、この世界は別に怖くないよって感じで、その子の警戒心を解いてあげてってこと。」

台帳をしまった久美子はさり気なくバイトと二人の間に入り込んだ。
「いらっしゃいませ。店長の山県です。」
久美子は岩崎に頭を下げた。
「あ…。」
「昨日はありがとうございました。オーナーから聞いています。」
「あ…ええ…。」
「今日は京子ちゃんに変わって、私が提案させていただきますね。」
ニッコリと笑った久美子の笑顔に、岩崎も笑顔で返した。
「え?京ちゃん?」
「あれ?この方も京子ちゃんのお友達?」
「あ、はい。」
「なんだ、みんな仲いいんですね。」
「え?岩崎さん、昨日、京ちゃんとここに来とったん?」
岩崎は頷いた。
「ちょっとお洒落の勉強をしてみたいんだよね。そうオーナーから聞いてますよ。」
「そうやったんや…。」
「昨日ね、京子ちゃんにこの店に連れてこられて、今の私の服装コーディネートしてもらったの。これは私じゃなくって京子ちゃんの作品。」
「何言ってるんですか。確かにコーデは京子ちゃんによるものやけど、映えとるのは岩崎さんやからですよ。」
「そんなことないです。」
「そんなことある。」
久美子は長谷部を見た。
「ね。」
「あ…はい。」
「ほらね。」
ニコリと笑った久美子は2人にソファに掛けて待っててと言い、店内の洋服を物色し始めた。
「私、正直洋服なんて興味なかったの。」
「え?」
「長谷部君が言ったとおりよ。どちらかって言うと私、フィールドワークの方が性に合ってる。それか何処かに腰を落ち着けて行き交う人をスケッチするとか。」
「あ…この間見せてくれたあれ。」
「うん。」
「じゃあなんで。」
「なんだろう。ほら、こういったら何なんだけど、長谷部君たち私の下手くそな絵、評価してくれたじゃない?」
「下手くそなんかじゃないよ。真面目に上手いよ。ってかイラストって面白いもんやなって思った。」
「ありがとう。私もそれと一緒よ。」
「一緒?」
「洋服に気を使うなんて何かチャラチャラしてる感じで全然興味なかった。むしろ軽蔑さえしていた。なのに、ひょんなきっかけで京子ちゃんにコーディネートしてもらって見方変わったの。」
「へぇ。」
「食わず嫌いだったってことか。」
「…うん。」
「決め付けって良くないね。今日はお店の人を別の目で見ることができる。」
長谷部は岩崎を見た。彼女の視線は店内を物色する久美子の姿を追っていた。
今日の久美子はカーキのスキニーパンツにグレーのTシャツ。至ってシンプルな出で立ちだが、足元は黒のハイカットスニーカーで外しを入れている。時折その長い髪の毛を手で掻き分けるさまが大人の女性の魅力を醸し出す。
「素敵だなぁ。」
岩崎は呟いた。
「…俺は、今日の岩崎さんも素敵やと思うよ…。」
「そんなことないよ。」
「いや、見かけだけじゃないよ。」
「え?」
「新しい何かに巡りあって、それにときめく人って見てて気持ち良い。」
何点かの洋服を抱えた久美子は岩崎に試着を勧めた。

「社長、そろそろ出ないと。」
アサフスで今日の通夜に使用する花の準備に追われていた山内美紀は、店の奥で携帯電話を見ていた赤松剛に声をかけた。
「あ、ああ…。そうやな。」
「どうしたんですか。社長。今朝から何かちょっと変ですよ。」
「あ?変?」
「ええ。」
「…そうかな。」
「何か、暇さえあれば携帯見てます。」
「あぁすまん。」
赤松はそれをポケットにしまった。
「美紀。」
「はい。」
「佐竹はどうや。」
「え?」
「何か変わったことないか。」
「えぇ…あ、この前ちょっと精神的に不安定になってましたけど、ちゃんと会社にも行ってるみたいなんで大丈夫なんじゃないですか。」
「今日も会社か?」
「そうですけど。何か?」
「…いや、なんでもないよ。」

臨時休業の張り紙がされたセバストポリの駐車場に1台の軽自動車が入ってきた。駐車場には1台の車もない。エンジンを切り車から降りたスーツ姿の男は、何も躊躇うこと無く鞄を抱えて店の裏側の通用口の前に立った。
瞬間扉は開かれた。
「ようこそ。中で待ってるよ。」
店主の野本は真っ暗な厨房を経由して誰も居ない店の中に男を招き入れた。
奥の席に男が座っていた。彼はスーツ姿の男に向かって手を上げた。
「やぁ佐竹さん。」
「古田さん。」
佐竹は古田の前に座った。
「銀行員が持っとる大きめの鞄にスーツ。どう見てもこのセバストポリに集金かなんかで来た体ですな。」
「いちおうそれらしく振る舞ってるんです。」
古田はニヤリと笑った。
「まぁ今日はくだらん世間話は無しで行きましょうか。」
「はい。」
「昨日、十河と接触したとか。」
「はい。」
「あらかた聞いたらしいですね。」
「ええ。」
煙草をくわえた古田はそれに火をつけ深く吸い込み、そして吐き出した。彼が吐き出す煙草の煙の一部がダウンの照明の中に揺蕩う。
「それは…。」
「あぁ、これね。」
そう言うと古田は手にしていたジッポーを佐竹の前に差し出した。
「村上の形見ですよ。」
「…やっぱり。」
「こっちも聞きましたよ。」
「あぁアレのことですか。」
「はい。」
佐竹も煙草を吸い出した。
「目ねぇ。」
「...えぇ。」
「佐竹さん。ひとつ確認してもいいですか。」
「なんですか。」
「あんた、本気でケジメをつける覚悟ありますか。」
「…もちろんです。俺だけじゃない。今ここにいない赤松もです。」
「もしものことがあるかもしれませんよ。」
「もしものこと?」
「あんたら2人だけじゃない。あんたらに関係する身内の連中にも危害が及ぶ可能性がある。」
「…。」
「それも承知であんた突っ込めるか?」
鋭い目つきで古田は佐竹を見る。ものの3分ほどその場に沈黙が流れた。
「今ならまだ引き返せる。」
佐竹は煙草の火を消し、村上のジッポーライターを手にした。
「ベストを尽くしてくれるんですよね。」
「ん?」
「警察はベストを尽くしてくれるんですよね。」
「警察ね…。残念ながら警察自体は当てにならん。」
佐竹はため息を吐いた。そして手にしていたジッポーライターを見つめた。
「じゃあ古田さん、あなたは?」
「ワシ?」
「古田さん。あなたはどうなんですか。」
古田は苦笑いを浮かべた。
「ワシひとりの力なんかははちっぽけなもんですよ。」
手にしていたライターをそっと置いた佐竹はゆっくりと口を開いた。
「充分ですよ。それで。」
「何故?」
「俺はあなたを信用している。」
「ふっ。」
「勝ち目のない戦を仕掛けるほど、古田さん。あなたは馬鹿じゃない。この店に俺を呼んだってことはどういうことか何となく察しがついています。ここまで来て俺を試さないでください。俺はあなたに賭けたんだ。」
煙草の火を消し、古田は両手を握って佐竹に改まって向き合った。
「佐竹さん。熨子山事件は解決に至っとらん。」
「…。」
「どこかのタイミングであなたにはあの事件の真相を話さんといかんと思っとった。」
「…。」
「その時が来たんやわ。」
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2015年12月21日

73 第七十話



「…講義びっしり入ってるんじゃなかったの?」
「あ?…まぁね。」
笠舞のショッピングストアで岩崎を拾ってからというもの、長谷部は彼女を直視できないでいた。無理もない。隣りに座る彼女の姿は彼の知る岩崎ではなかったからだ。そう、昨日の晩に京子にコーディネートされた装いであったからだ。もっさりとした髪の毛も綺麗に頭頂部でまとめられている。長谷部の車は、宛もなく金沢市内を走っていた。
「…どうしたん。」
「何?」
「なんかいつもと全然違うから…。」
「変かな。」
「いや…そういう意味じゃなくって、なんちゅうか別人みたいやよ。いい意味で。」
「…ありがとう。」
「なんかモデルみたいやわ。」
「やめてよ。そんなすごい人と一緒にしないで。」
「いや、お世辞抜きですっげぇ綺麗やわ。」
岩崎も長谷部と決して目を合わせなかった。
「…ごめん。」
「何?」
「なんか俺、そっけないレスしてしまって。」
「…。」
車内は沈黙した。沈黙を破ったのは岩崎だった。
「…こっちこそごめんなさい。」
「え?」
「昨日なんて何回もメールくれたのに、ほったらかしで。」
「あ…そ、そうやったね。」
再び車内は沈黙した。
「あの。」
「あの。」
「あ、どうぞお先に。」
「え…そちらからどうぞ。」
なんとも絵に描いたような間の悪さである。2人は自然と笑みを浮かべた。
「どうしたん?昨日学校来とらんかったんじゃないけ。」
「え?」
「岩崎さんが学校サボるって珍しいから、ひょっとしてなんか身体壊したんかと思った。」
「…ううん。身体壊しそうだったから予防で休んだの。」
「へぇ…。なんかしっかりしとるね。」
「そうかな。」
「そうやって。普通は熱出して身体どうにもならんから休むってもんやけど、未然に休むって…なんか岩崎さんらしいわ。」
「体調管理よ。」
「お、おおう。」
「長谷部君に疲れているところ見抜かれちゃったしね。」
「…そうやったね。」
「今日はちょっと気分がいいの。だから長谷部君に連絡した。」
「そしたら今度は俺がつっけんどんなレスか。」
岩崎はクスリと笑った。
「ねえ。」
「ん?」
「長谷部君はなんで私が疲れてるって分かったの。」
「え?」
「私、長谷部君とこの前のコミュで初めて話しただけなのに。なんでそんなことまで分かったの。」
唐突ながら本質を突く質問に長谷部は答えに窮した。

「多分、岩崎さんはお前の事気にしとるぞ。」
「…。」
「気にしとるからお前にあっちから連絡してきたんや。」

「学校に居る時の岩崎さんと、何か違っとったから。」
「え?どういうこと?」
「ほら、岩崎さんって学校じゃ基本的に誰ともつるんでないがいね。それなんにあのコミュの中じゃハキハキしてその場仕切ってさ。正直、岩崎さんの別の一面見て、俺あっけにとられた。」
「ふうん。」
「でもさ、何か違うんげんて。」
「何が?」
「何か、無理しとるように見えた。」
「え…。」
「岩崎さんは気がついとらんかもしれんけど、時々顔に出とったよ。」
「顔に?」
「その場におる参加者のみんなは、自分の身の上話を聞いて欲しくて仕方が無い。ほやから他人がどんな状態にあるか見えんがんかもしれん。ほやけど、ほら、俺、見学しとったがいね。離れて岩崎さんの様子を観察しとると、ふとした瞬間に疲れた感じが出とった。」
「…そうなの…。」
「で、ひょっとして無理しとるんかと思って、岩崎さんを出待ちして声掛けたんやわ。」
長谷部がこう言って車内は再び沈黙した。
「はははは。」
突然長谷部は笑い出した。
「嘘や嘘。」
「え?」
「ごめん。岩崎さん。俺嘘言っとった。」
「え?どういうこと?嘘?」
「あー嘘って言ったらなんか違うか。」
「はい?」
「岩崎さんに言っとらんかったんやわ俺。」
「…何を。」
「俺、相馬送ってからあそこに張り付いとってん。」
「え?」
「遠くの物陰に隠れてコミュの運営側の人らが集まって、なんかえっらい怖い顔してミーティングしとるの。」
岩崎の表情が変わった。
「え?見たの?」
「ああ。何話しとったんかはよく分からんけど、インチョウがさ、岩崎さん指差してなんか言っとった。んで、岩崎さんがっくり来とったん見てん。」
「…そう…見ちゃったのね…。」
岩崎の声に元気がないのを感じ取った長谷部は、助手席の彼女をちらりと見た。彼女は窓の外を眺めていたので、その表情は窺い知れない。
「岩崎さんがコミュの運営の中で何とちったんかは分からんけど…。俺…そんときこのままやといかんって思った。」
「どういうこと…。」
「好きになった女の人が元気を失くしとる。そんなの目の前にして放っておけっかいや。」
瞬間、岩崎の脳裏に相馬の声が再生された。

「他人を好きになることに理由なんかない。好きになってしまったらその相手を所有したい。所有したものは大事にしたい。大事にするには相手のいろいろな問題を解決したい。若しくは手助けしたい。そのために相手を知りたい。その相手が何故か惹かれた浮かない顔をしとる。現状を把握してその問題を少しでも解決させたいって気持ちが、長谷部の観察眼を研ぎ澄ませた。そんなところじゃないんかな。」

「好き…か…。」
「…ああ。」
「…どんな感じなんだろうね。」
「え?」
「私、そういうのよく分からないの。」
「あ…あぁ…。」
「だって私、長谷部君のこと何にも知らないもん。」
長谷部は黙った。
「多分、長谷部君も私の事、何にも知らない。」
この流れ、やんわりと断られるパターンではないか。長谷部の心臓が激しく脈打った。
「だから、ちょっと出かけようよ。」
「…え?」
「私、今から言ってみたい所あるの。」
「あ…え…?」
「ひとりで行くのちょっと勇気いるから、長谷部君も付いてきてくれるかな。」
窓の外を見ていた岩崎は初めてその顔を長谷部に向けた。笑顔の彼女の頬には一筋の何かが流れた跡が見受けられた。
「ちょ…あ…うん。」
長谷部はハンドルを切って一路金沢駅方面に舵を切った。

市立図書館のソファに腰を下ろす相馬卓の姿があった。携帯電話を操作した彼は軽く息を吐いて、傍らに置いてあった情報技術系の専門書を開いた。

「再在我面前不要给村上的名字 (俺の前で二度と村上の名前を出すな)。」

「なんであんな事言うげんてぃや…。」
卓の腕が震えたため、彼は時計に目を落とした。
橘からのメッセージだった。
「メールありがとうございます。仕事が急に忙しくなってしまって、暫くあなたと連絡が取れないことになりました。機会を見て連絡します。」
卓はそれに了解とだけ返信した。
携帯電話を手にして、彼は橘に送ったメールを眺めた。
玄関前に立つ鞄も何も持たないネクタイ姿の男の写真。
扉が開かれて、その中に入る瞬間の写真。
女が部屋のカーテンを閉める写真。
その家を立ち去る際に振り向く姿の男の写真。
これらが連続して添付されている。テキストは本日11時52分から1時間の様子とだけあった。
その画面を隣からさり気なく覗き込む男の姿があった。
「いっその事、あの家の様子を監視できるようにあそこにもカメラ常設すればいいんじゃないですか。」
「…。」
「あ、でもそうなると俺に定期的に金を払う理由がなくなりますか。」
「まぁ…。」
「じゃあなんであの人は村上さんを…。」
ランウェア姿にキャップを被った男は卓と目を合わせること無く立ち上がった。
「本当のところはワシにも分からんですわ。」
卓は肩を落とした。
「橘さんも偉くなったら急にそっけない態度ですよ。」
「その人は多分、いま身動きが取れんがでしょう。」
「え?」
「人は必ず報いを受けますよ。」
アキレス腱を伸ばす彼のランニングシューズにはT.Fの二文字が刺繍されていた。
「いや、受けさせる。」
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2015年12月14日

72 第六十九話



人里離れた山間の公園に車を止め、タブレット端末を抱えて画面を見つめる男がいた。
「何が楽しくてこんな仕事してるのかな?」
こう言って男はおもむろにベルトを外しだした。そして陰部に自らの手をあてがって自慰行為を始めた。
端末の画面には山県久美子が勤務する店を俯瞰でおさえる映像が流れていた。彼は画面をピンチアウトして久美子を拡大した。俯瞰で捉えるそれは久美子の胸元を的確に抑えた。その時である、彼は手を止めた。
「チッ。」
何が彼をそうさせたのか、男は行為を中断して身を整えた。
「興ざめだよ。」
助手席に置いてあった携帯電話が震えた。
「なんだよ。空気読めねぇ奴ばっかだな。」
男はやれやれといった具合でそれを手にした。
「何だよ。」
「仕事がある。」
「今度はあんたかよ。」
「駄目か。」
「駄目じゃねぇけど。」
「じゃあ頼まれてくれ。」
「内容によるな。たて続けにしくじるわけにもいかんだろう。」
電話の向こう側の声は無言になった。
「早く言えよ。俺はいま、虫の居所が悪りぃんだよ。」
「…能登イチにあるものを届けて欲しい。」
「…能登イチ?」
「ああ。」
「何を届けるんだ。」
「それはお前に言う必要はないだろう。」
「…分かったよ。で、どうやって誰に届ける。」
「駅のコインロッカーにブツが置いてある。そいつをあの施設の予備電源の側に設置しろ。」
「設置…。はっ、何言ってんだよ。そりゃ届けるって言わないだろう。」
男は鼻で笑った。
「方法は鍋島、お前に任せる。」
「情報が足りない。」
「長尾が持っていた能登イチの敷地図もそこにある。」
「バカ言え。セキュリテイがあんなに厳しいところに俺が潜入できるかよ。リスクが大きすぎる。」
「何言ってるんだ。お前の能力を持ってすれば簡単なことじゃないか。」
鍋島は黙った。
「あんた。本気か。」
「ああ本気だ。お前、今川さんにいっちょ前に説教たれたらしいな。」
「なんだ知っていたのか。」
「悪いが俺らは本気だよ。お前が言ってるようなお遊びじゃないんだ。」
「はっ…しかし俺頼みってところが、あんたらの計画の杜撰さを表していると思うぜ。」
「何?」
「あんたらの計画は俺あってのもんだ。もう少しリスクヘッジしたほうが良いと思うぜ。」
「鍋島。」
「あん?」
「もう少し謙虚になれ。」
「何だよ。いまさら。」
「お前の態度如何で代わりの人間に依頼することになる。」
「代役だと?」
「それが意味するところは分かっているだろうな。」
鍋島はまたも黙った。
「お前に言われるまでもない。こっちはこっちでリスクはヘッジしている。お前こそ自分の立場をわきまえろ。」
「…ふっ。お得意の内ゲバかよ。」
「何言ってんだ。お前がやっていることも同じようなもんだろう。」
タブレット端末に目を落とした鍋島は、久美子の姿を眺めた。
「なぁお前は憎いんだろう。」
「何がだよ。」
「出生の違いだけで天と地の程のハンデを背負わされて生きてきた自分。その一方で、たいした苦労もすること無く普通に周りと同じ生活を営むだけで、それなりに生きて行けている平々凡々とした連中。そいつらが憎いんだろう。同じ日本国民でありながらこの差は一体何だ?」
「今更それをぶり返すか…。」
「そんな存在があるだけでも憎いのに、あろうことかお前に仲間であると振る舞う奴が居る。初めはお前をいじめていたくせにだ。いっちょ前に説教たれたり、お前の生き方の軌道修正を図ろうとする奴が居る。そういう存在が憎くて憎くて仕方がないんだろう?」
「…。」
「お前の能力は素晴らしい。お前は賢い。お前の判断はいつも正しい。それなのにそれに異を唱える、能力が劣る存在がある。よく分かるよ。お前の気持ちが。無能な奴は有能な人間に付き従っていれば良いんだ。それがでしゃばって多数決なんて衆愚を持ち出す。民主主義とかくだらんことを言うが、それは自分の判断や決定に責任を負えないものが持ち出す、合理という名の詭弁さ。なんでそんなものにお前がおもねらないといけないんだ?お前のほうが優性なのにだよ。…そう、お前は生まれながらのマイノリティだからだよ。結局は生まれた環境が決定的に違うからなんだよ。」
「なんだ珍しく雄弁だな。」
「お前は愚かな連中の生活を無茶苦茶にしたかった。しかしただそれを単に実行してはつまらない。だからお前はまず赤松の親を殺した。そしてその家庭を壊しにかかった。しかしそこに一色という邪魔者がまたも割り込んできた。くだらん正義感を振りかざしてな。」
「そうだな。」
「どうしようもない愚か者だよ奴は。高校時代に個人戦で最も優秀な成績を収めることができたお前と比べて、あいつは何の成果も残していない。部内の連帯とかを重視するあまり、団体戦では地方大会で2位止まりだ。個人戦なんかは地方大会でベスト4がいいところだ。そんな男が何の学習もせずに、いい年になっても張り切って正義正義。うざくてうざくて仕方が無い。だからお前はそのタイミングで奴に地獄を味あわせてやろうと判断した。」
「もう良いだろう。下間さんよ。ここでそんなことおさらいして何の意味があるんだ。今の俺はそんな昔話に付き合うほど心のゆとりはないぜ。」
「お前は当時の一色のフィアンセを犯し、孕ませた。」
「何言ってんだ、あんた。」
「ファクトだよ。ファクト。俺はお前の全てを知っている。そして理解者でもある。」
「けっ。」
「何度も言う。お前は賢い。お前は村上を利用した。村上の指示を受けて、一色の捜査を撹乱させるために行動に及んだように見せかけた。久美子の強姦は自分の意志によるものであったにもかかわらずだ。さらにその場に穴山と井上という第三者を居合わせて洗脳させ、あたかも彼奴等が自分らでやったもんだと思い込ませた。つまりお前の背景にはお前を利用する誰かが居るかのように演じた。」
鍋島はため息をついた。
「最終的にはお前は憎き一色を自らの手で殺し、村上もその手で葬った。」
「あぁそうだ。」
「かつては同じ剣道部で共通の目的を有していながらも、その内部でゲバルト。これを内ゲバと言わないでなんて言うんだ?鍋島?おい。」
「お仕置きだよお仕置き。」
「はっ、言い換えただけだろ。結局のところお前も人のことは言えないってことだ。」
鍋島は苦笑いをした。
「佐竹と赤松が接触しているらしいな。」
「ああ。」
「どうするんだ。」
「そりゃあもう。」
「好きにすればいいがな、あまり派手なことはするなよ。」
「あんたの忠告だ。一応聞いとくよ。」
「素直だな。いいことだ。」
「しっかし、下間さん。あんた喋り過ぎだよ。無口なあんたがどうしたってんだ。」
下間は黙った。
「事を目前にして気持ちでも高ぶっちまったか。」
「鍋島。お前とは昨日今日知り合った仲じゃない。お前という人間の存在を確認する意味で話させてもらった。」
「なんだよ。」
「能登イチの件、しくじるなよ。」
「…あぁ分かったよ。」
「よろしい。素直が一番だ。」
電話を切った鍋島は再び画面に表示される久美子を見つめた。彼女の首元に光るネックレスが彼の感情を高ぶらせていた。
「一色…。」

「ちょっと出てくる。」
総務部のスタッフにこう言うと、仁川はオフィスを後にした。
ビルのエレベータに乗り込むと彼は携帯電話を取り出して、内輪だけのやり取りができる、自前のSNSアプリを立ち上げそこに目を落とした。
〜以下スレッド内容〜
「ムカつくわ。」
「何がよ。」
「昨日の能登イチのニュース見た?」
「あぁあれね。いつもの感じじゃん。」
「市民の声は声として受け止めるが、現状は運転を止める意志は微塵にもないってよ。なんで石電ってあんなに上から目線なん?」
「俺らの電気を作るために、能登イチ周辺の住民を危険にさらすなんてな。」
「火力で賄えるなら火力でいいやん。なんで原発にこだわるの?」
「あいつら目先の自分らのカネのことばっかだよ。結局自分らだけが潤えばそれで良いんだよ。」
「まさにブルジョアジーだ。」
仁川は笑みを浮かべた。
エレベータの扉が開かれ、彼はビルから外に出た。
「今日のコミュって何か聞いとる?」
「いや。でも幹部だけの秘密会でしょ。」
「え?俺、一般のやつもあるって聞いたんやけど。」
「え?そうなの?」
交差点で立ち止まった仁川は携帯を操作した。
「そうだよ。二本立て。」
信号が青になって彼は歩き出した。彼の書き込みに反応してレスが返ってきた。
「あ、インチョウだ。」
「インチョウ。今日の一般のコミュって告知も何もしてませんけど、どうするんですか。」
「一般は君たち以外の人間に仕切らせる。君たちは秘密会だけでいいよ。」
「え?誰に?」
「心配はいらない。」
こう書き込んだ仁川は腕時計に目を落とした。時刻は15時だった。
「もうすぐ48時間だよ。バギーニャ。」
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2015年12月07日

71 第六十八話



「山県久美子を雇うように古田さんに働きかけられた?」
「そうよ。熨子山事件の後、あの人ここに来て私に写真一枚見せて、この女雇ってくれないかって。」
「え?マスターは久美子と既に面識があったんですか?」
森は首を振った。
カウンター席に移動した岡田は出されたサンドイッチを頬張った。
「トシさんから久美子の事聞かされたときは、そんなひどい事って本当にあるのって感じで、半信半疑だったわ。」
「あ、ええ…。」
「けど、あの娘に実際会ってみるとそれが本当の事だったんだってすぐに分かったの。あの子の顔から表情が無くなっていたもの。」
「…そうでしょうね。」
「悪魔みたいな連中に弄ばれるだけでもとんでもない心の傷を負ってるっていうのに、その悪魔たちを懲らしめようと動いていた久美子の彼が、あいつらに返り討ちにされたんだから。」
森は細身のタバコを吸い始めた。
「私ね。こう見えても子供いるの。」
「あ…え?」
「女の子よ。今は東京の大学行ってそっちで就職してるけどね。」
「じゃあ…。」
「そうよ。当の本人が本当のところどういう感情を持っているか理解はできないけど、あの子の親の気持ちは痛いほど解る。この子をこのままにしておけば、本当に流れに任せて久美子は廃人になってしまう。ひょっとしたら自ら命を断つなんてことも考えられるわ。久美子がそうなってしまうと彼女の親はもちろん、死んでしまった彼も浮かばれない。それだけはなんとかできないかしらって。」
森はコーヒーに口をつけた。
「でも今まで会ったこともない赤の他人の面倒を私が見るなんて、ちょっと難しいじゃない?」
「そうですね。寧ろそれだけ心の状態が重症な人には然るべき病院の方がいいような気がします。」
「そうね。それが常識よ。でもね。」
「はい?」
「トシさんは久美子のことを全部調べた上で、雇ってくれって言ってきてたの。」
「と言うと?」
鍵が掛かった引き出しを開き、森は中から封筒を取り出した。
「御覧なさい。」
岡田は封筒を手に取った。中にはびっしりと書類が入っている。彼はそれらに目を通し始めた。
「ねぇ、警察ってここまで私らのこと調べ上げれるの?」
森の言葉を受けて岡田は手を止めた。心なしか彼の手が震えているように見えた。
「…いえ…。これは凄い調書です。」
「…やっぱりね。あの人、なんか普通の警察と違うって思ってた。」
岡田が手にする書類には文字通り、山県久美子に関する全てが記載されていた。家族構成、地縁、血縁はもちろん、過去から現在に至る交友関係、趣味、好きな食べ物、日々の行動経路、性格、思想、癖に至るまでのものが網羅されたまさに個人を丸裸にするものだった。
「私がこれを渡されたのは、あの娘に会う前のこと。不思議でしょ。山県久美子って人間に会ってもないのに、その娘がどういう娘なのか手に取るように分かる。」
「ええ…。」
「あの人、この間、私が結婚して子どもがいるって事知った時に意外そうな反応してたけど、当時からきっと私のことも久美子みたいに調べつくしてたんだわ。」
「どうしてそんなことが?」
「私には娘が一人いる。それがいま東京で仕事してる。でもねその娘の前にカミさんは身籠っていたの。」
「え?」
「流産よ。」
煙草の火を消した森は暗い表情を見せた。
「そうだったんですか…。」
「それがあってからウチのカミさんは出産にトラウマ抱えちゃってね。なかなかそんなこともできなくて。結局いまの娘産むまでそれから10年かかったわ。」
「そうですか。」
「おかげさまで23の私の娘は就職までして元気にしてる。けどやっぱりどこかで流れちゃった子どものことを考えちゃうの。トシさんそこにぶつけてきたんだわ。その子が無事出産してたら久美子と同じ34才よ。」
「なるほど…。」
「その書類読んで山県久美子って子の全てを知ってしまったら、他人って感じにならないの。まんまとトシさんの思惑通りにあの子を雇うことになったわ。」
「しかし、久美子は心に傷を抱えとる。そんな彼女をどうやってあなたは今のように立ち直らせたんですか。」
「私がなにかをしたんじゃないの。彼女が自分で克服したのよ。」
「え?」
「あの子ねウチのお客さんだったの。自分がもともと好きなモノに囲まれて仕事をする。これが彼女にとって良いリハビリになったんじゃないのかしら。きっとトシさん、そこら辺も想定してたんでしょ。」
「そこまで…。」
「ここまでトシさんの思惑通りだとちょっと私、あの人が怖くなっちゃう。」
「そりゃあ俺だって怖いですよ。」
「でもね。それってあの人がひとりで企てたことじゃないの。」
「はい?」
「トシさんの背後には大きな存在がいる。」
「え?なんですか?」
「五の線のひとつ。」
「え…。」
岡田は咄嗟に2日前の片倉とのやり取りを思い出した。

「ふーっ。まさかの五の線か…。」
「え?」
「いや、なんでもねぇよ。」

「なんなのかしら。五の線って…。」
「…あ、それの説明はマスターにはされとらんがですか。」
「そうなの。私はこの話を後で来るであろう、警備会社のあなたにしてくれってトシさんに言われただけ。」
「五の線…。」
岡田は顎に手を当てて考えた。
「あとね、これも伝えてくれって言ってたわ。」
「なんですか。」
森はちゃんと言えるかしらと言ってゆっくりと口を開いた。
「いまお前の前で起こっていることは、3年前の延長戦だ。」
「延長戦…?」
岡田の動きが止まった。
「山県久美子の身の安全は、今回の戦いにおいて最重要課題よ。だけど残念ながらこっちとしてはそれに人員を避けない。だからあなたの力が必要なの。」
(古田の声:久美子の身の安全は、今回の戦いにおいて最重要課題なんや。ほやけど残念ながらこっちとしてはそれに人員を避けん。ほやからおまえの力が必要ねんて。)
森の発言が古田のものに変換されて岡田に届いていた。
「結論から言うと三年前の事件でワシらが追っかけんなんもんは本多や村上じゃなかったんや。本当のところはもっと別の、さらに上位なところにあった。ワシはいまそれを追っかけとる。お前の知らんところでワシ以外の別働隊も動いとる。いまお前の目の前におるマスターもその別働隊のひとりや。こういったことをワシがお前に直接話しをして協力を仰ぐのが本筋なんやろうけど、今回の件においてはかつてない秘匿性が要求されとる。ほやからお前との直接的な接触も基本的にできんがや。んでもちろん捜査の全体像も協力者全員に明らかにすることができん。限られた人間による隠密捜査や。とてつもないでけぇヤマなんや。頼むぞ。」
(森の声:とてつもないでけぇ山なの。頼むわよ。)
「こういうことらしいの。」
岡田は拳を握りしめた。
「承知。」
そう呟くと岡田は森に手を差し出した。
「マスター。よろしく頼みます。」
森は彼と固い握手を交わし、それに応じた。
「なるほど。ようやく分かったよ。」
「なにが?」
「五の線ね…。」
「え?」
「やっぱりあいつ…生きとってんな…。」
岡田は何かを覚悟するかのような顔つきであった。
「なんかいい顔してるわね。さっきまでのあなたと違うわ。」
「待てよ…俺がこうやっていま、マスターと接触を図ることも古田さんは想定していたとなれば…。」
こう言って岡田は苦笑いを浮かべた。

石川電力能登第一原子力発電所の事務本部棟。そこの警備員室で交代の点呼が取られていた。
「えー昨日の夜からここに配属となった、派遣社員の大友さんや。大友さんは基本的に夜勤や。免震重要棟と予備電源のあたりを巡回してもらうことになっとる。これからは皆もシフトで大友さんと一緒に組むことが出てくると思う。各種端末の操作は一応一通り教えたんやけど、1回聞いたぐらいで完璧に分かる人間なんかおらん。ほやさかい、みんなは大友さんのフォローをしてくれ。」
「皆さんよろしくお願い致します。」
大友が挨拶をすると、その場に拍手が起こった。
「ほら、大友さん。ここの連中はみんな良い奴や。」
「心強いです。」
「おし、じゃあみんな持ち場についてくれ。」
警備責任者の号令でスタッフたちは散っていった。大友と同じく夜勤であった者達はここで帰宅の途に着いた。
「大友さん。家に帰る前にこれからの仕事の流れとかの話あるから会議室まで来てくれんけ。」
「はい。」
大友は事務本部棟の一室に通された。
警備責任者は部屋に入ると隅々を入念にチェックした。壁にかけられている絵画の裏側、電源コンセントの周辺、机の下などをしつこいぐらいに点検した。
「よし、いいだろう。」
そう言うと彼は椅子に座った。
「首尾よく行きましたか。三好さん。」
彼とテーブル越しに向い合って座った三好の目に胸元のネームプレートが入った。顔写真付きの名刺サイズのものである。役職は施設部施設防護課主任である。年の頃は40代といったところか。
「思いのほかスムーズに行けました。これも全て辰巳さんのスムーズな水先案内のお陰です。」
「じゃあそのワクチンをこっちに下さい。」
三好はポケットの中から小さなUSBメモリを取り出してそれを辰巳に渡した。
「この場で処分します。」
そう言うと辰巳はペンチを取り出してそれを粉砕した。
「一応ここは物理的にインターネットとは隔離されたシステムが構築されている。しかしだからといって安全じゃない。誰かが密かにこういったフラッシュメモリをオンサイトのネットワークに使用したら、それが元でマルウェアに罹ってしまうかもしれない。」
「辰巳さんのPC経由でオンサイトネットワークにワクチンを投与しておきました。マルウェアに仮に感染したとしても、現状想定できる症状はこれをもって防ぐことができるでしょう。」
「察庁謹製。さぞかし強力なもんなんでしょうね。」
「はい。」
「あと考えられるのは施設への物理的な攻撃と、更に強烈なマルウェアの感染か。」
「ええ。そのどちらも可能性がないわけではありません。ですがそのどちらの攻撃も、ここ原発敷地内でヒトを介さないとできません。」
「物理的な攻撃は外部からの侵入者をいかに防ぐか、マルウェアの方は組織内部の邪な人間の犯行をどうやって未然に防ぐか。ということですね。」
「はい。後者に関して今回一時的な予防策を講じました。なので後は辰巳さんのサイドで、例の人間の監視を行って下さい。私は前者の外部からの侵入に目を配ります。」
「わかりました。」
そう言うと辰巳は席を立った。
「あなたは警備畑の経験を活かして物理的攻撃に備えて下さい。施設防護課の課長には私から三好さん、もとい大友さんの動きに変な詮索は入れないように工作しておきます。」
「辰巳さんもイヌに気をつけて。」
「イヌね…。懐かしい言葉ですね。」
ズボンのポケットに手を突っ込んで、辰巳は窓の外を眺めた。
「気がついた時にはこの会社に入っていた…。」
「我々末端の人間にもわからない、公安捜査員の名簿から抹消された存在。潜入捜査官。」
「ふっ。」
「本当にこんな身分の人がこの世におったなんて。」
「これ以上の詮索は止めましょう大友さん。」
「ここが踏ん張りどころと聞いています。辰巳さんよろしくお願いします。」
辰巳はゆっくりと頷いた。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする