2016年01月25日

78 第七十五話



「どうしたん?さっきから時計ばっかり気にしとるけど。」
「え?…う、ううん。」
岩崎は手にしていた携帯電話を長谷部の指摘を受けて即座にしまった。
金沢駅隣接のファッションビル最上階にあるコーヒーチェーン店で、長谷部と岩崎は向い合って座っていた。
時刻は17時半。平日ということもあって店内は空いていた。
「どうしたの…。」
緑色のストローを咥えて先ほどから自分の様子をチラチラ見てくる長谷部に彼女は困惑した。
「…やっぱり元がいい人ってシンプルな格好しても栄えるんやね。」
山県久美子の店で新たにコーディネートされた岩崎の服装は変わっていた。
岩崎が持参した洗いざらしの比較的色が濃いグレーのTシャツに何をどう合わせるかということで、久美子が出した解が長谷部に前にあった。
ボトムスはダメージジーンズ。裾をロールアップし、素足にスニーカー。以上である。
「多分、長谷部君が買ってくれたこれが効いてるんじゃないのかな。」
岩崎は右腕に巻かれたシルバーのブレスレットを彼に見せた。
「んなら良かった。」
「これ…本当に良かったの?」
「あぁ、別に。似合っとったから。」
「でも結構な値段だったよ。」
「いいんやって。気にせんといて。人の好意は素直に受け止めるもんやよ。」
「…ありがとう。」
「こっちこそ大丈夫やったん?」
「え?ううん。なんてことないよ。」
長谷部はティアドロップ型のサングラスをずらし、その間から岩崎を見た。
「そう?」
岩崎はくすりと笑った。
「何ぃね。」
「…何か、長谷部君って顔の作り濃いじゃない。」
「ははっ。」
「それで、あの店でストールまで追加で自分で買ってそれ首に巻いて、そのサングラスだから、まるでイタリア人みたい。」
長谷部は白のシャツに細身のジーンズ。腕まくりされたシャツからは小麦色の腕が露出し逞しさを感じさせる。足元は素足に濃紺のデッキシューズ。淡いグリーンのストールを首に軽く巻き、首元にアクセントをつけ、顔にはサングラスである。髪はオールバックのように後ろへ持って行き、メリハリの聞いた顔の造形を強調している。
「変け?」
「ううん。素敵よ。」
「え?マジ?」
「うん。」
傍から見ればこの二人は一見外国人カップルのように見える。長谷部に対して岩崎は色が白く、どこかロシア系の雰囲気が漂う。異国情緒溢れる二人が一方は金沢弁を話し、一方は流暢な日本語を話しているところから、周囲の人間は必然的にそちらに目が行った。
「さっきから人の目が気になるの。」
「あぁ、俺も。どうせ濃い顔もん同士、外人やと思われとれんろ。」
「ガイジン?」
「ああ外国人。」
「外国人ね…。」
岩崎の表情が暗くなった。
「気にせんでいいよ。人間、自分にないもん持っとるもんには妬みとか持つもんや。俺らは見た目の面で他人よりちょっと得しとるってことで折り合いつけたほうが良いよ。」
「見た目か…。」
「え?どうしたん?」
「あ…あ、ああ、なんでもないよ。」
岩崎の鞄の中からバイブレーションの音が聞こえた。携帯を手にした彼女の動きが止まった。
「どうしたんけ。」
「…ごめん。長谷部君。私、ちょっと予定入ってたの忘れてた。」
「え?何の?」
「うん…ちょっと…。」
岩崎はいそいそとテーブルの上を片付けだした。
「ほっか、残念やわ。」
「ごめん。」
「また岩崎さんとこうやってデートできっかな。」
「デート?」
「うん。これって立派なデートやと思うよ。(まだ返事貰っとらんけど…。)」
しばしの間を置いて岩崎は頷いた。
「え!?本当に!?」
「多分…。」
思わず軽くガッツポーズをした長谷部は顔に満面の笑みをたたえた。

「あれ?」
北陸新聞テレビ1階の喫茶店で打ち合わせをしていた黒田は、カメラを抱えて玄関から出て行く安井を見て立ち上がった。
「すいません。ちょっと失礼します。」
そう相手方に断ると黒田は安井の側へ駆け寄った。
「ヤスさん。どうしたんですかこんな時間から取材ですか。」
「おう黒田。あれだよあれ。」
「あれ?」
安井が顎をしゃくった先を見るとそこには中継車が待機していた。
「え?何があったんですか?」
「けっ…何にもねぇよ。ボンボンのわがままだよ。」
「ボンボン?」
中継車の運転席側に立って運転者と何かの打ち合わせをしている若い男の姿があった。

「残念。黒田さん。それっすよ。」
「…え?何?どういう事?」
「明日の特集ってそれっすよ。」
「え?」
「あーすいません。お先にいただきました。」
「SNSから派生したリアルSNSでしょ。」
「あ、おう…。」
「結構面白いところですよ。詳しくは明日のニュース見てください。」 59

「あの野郎…。」
黒田は怒りがふつふつと湧いている様子だ。
「何だかな、せっかくだからデスクが中継挟んだらどうだって言ってきたらしいんだって。」
「デスクが?」
「ああ。まださ、あいつがネタの構成上どうしても中継挟みたいって言って動くならいいさ。けどな、この中継もデスクのお膳立てってのがどうも気に入らねぇ。」
「毎度の利権・談合・共産主義ですか。」
「まあな。」
「ヤスさん。何の取材だか知ってるんですか。」
「何かよくわかんねぇけどあれだろ。コミュとかってSNSをリアル世界に落とし込んだようなやつ。」
「はい。」
「俺、正直興味ねぇんだよな。」
安井は気だるそうに首を回した。
ー待てよ。これを逆手に取って仁川のネタ引っ張れないか。
「ヤスさん。実は俺もこのネタ追ってたんですよ。」
「え?」
「コミュの運営責任者はドットスタッフの社長である仁川征爾です。今日の中継の時にこいついるんでしょ。」
「あ?仁川?そんな話俺は聞いてねぇぞ。」
「え?」
「何でも紅一点の女がインタビューに応じるって。」
「紅一点?」
「ああ、確か岩崎とかって言う広報担当の女だよ。」
「俺の同級生っすよ。」
三脚を担いだ相馬が安井の側に立っていた。
「あれ?相馬?」
「今日、俺、安井さんのカメアシっすから。」
黒田の脳裏に相馬との昨日のやり取りが再生された。

「黒田さん。俺、別の角度からコミュに入り込みます。」
「別の角度?」
「俺もなんかあそことはちょっと付き合わんといかんことありまして。」
「付き合わないといけない?」
「なんとかせんといかんがですよ。」
「え?何のこと?」
「あそこからひっぱり出さんといかんもんがあるんです。」 53

「相馬。この取材で言ってたあれ、ひっぱり出したことになるのか?」
「いえ、まだです。」
足元を見つめた黒田は相馬の方を叩いた。
「一筋縄にはいかないぞ、相馬。」
「分かってます。」
「離婚には結婚の何倍ものエネルギーが必要なように、一旦踏み入れた組織から抜け出すには凄まじい熱量が必要だ。」
「熱量ですか…。」
「ああ。」
「でも結局のところ、本人がどうしたいか、その意志の力頼みってところもありますよ。」
「その意志を裏付けるもののひとつに周りの力ってもんがある。」
「意志の裏付け…。」
「意識的なもんじゃない。周りがいつも見守ってくれているっていう根拠の無い安心感を与えることだ。」
「黒田さん。難しいこと言わないで下さいよ。」
「難しくとも何ともない。俺は関り合いを持ち続けろって言ってるだけだ。」
「関わりあいですか。」
「得体のしれないコミュなんてもんに身を託した連中だ。心の何処かで自分の存在を証明できる、人との関り合いを欲しているに違いない。」
「そうかもしれませんね。」
「ああ。かつてはその関り合いの力が、仁川の親父の存在を証明し、生き抜く力を授けた。」
「え?」
「あ…いや、何でもない。」
「おーい。行くぞー。」
中継車の側に立つ安井が相馬を呼んだ。
彼は三脚を担ぎ直して急ぎ足で車に向かって行った。
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2016年01月18日

77 第七十四話



東京霞が関。合同庁舎内の一室が朝倉の調査第一部長室に割り当てられていた。
「よくもまぁここまで調べあげたもんだ。」
そう言うと朝倉はノートパソコンを閉じ、それを鞄の中にしまった。
ドアをノックする音。
「入れ。」
「失礼します。」
「まぁそこに掛けてくれ。直江主席調査官。」
「はい。」
「当庁の情報を外部に漏洩しているモグラは突き止めたのか。」
「…金沢銀行の件ですか。」
「そうだ。」
「いえ。まだです。」
「手がかりもないのか。」
「はい。」
朝倉はため息をついた。
「直江…。公調はやる気があるのか。」
「は?」
「ここの捜査にはどこか手ぬるさが垣間見える。」
「申し訳ございません。我々が不甲斐ないばかりに。」
直江は朝倉に頭を下げた。
「警察はもう少し泥臭く執念深く捜査する。こんな事だから公調不要論なんかが国会で取り上げられるんじゃないのか。」
「元特捜の人間として部長のおっしゃることも分かります。しかし私は今、ここの人間。返す言葉もありません。」
ため息を付いた朝倉は立ち上がった。
「金沢銀行に侵入した人間は藤堂豪。この藤堂がコンドウサトミの顧客情報を抹消した疑いがある。つまり藤堂はコンドウサトミの情報が警察によって調べられると都合が悪かった。」
「ええ。」
「コンドウサトミとは3年前に石川県で発生した熨子山事件の重要参考人、鍋島惇の偽名だ。」
「はい。」
「この鍋島の口座情報を洗うことで新たな事実が明るにみなる可能性があった。だから藤堂はその情報そのものを消し去った。」
「事実関係の確認ですか。部長。」
この直江の質問に朝倉は答えない。彼はそのまま話を続けた。
「藤堂は守衛を殺害してまで行内に侵入せねばならんほど情勢は逼迫していた。」
「週末の業務時間終了後に発信されたFAXが関係部署の人間の目に止まるのは週明け月曜の朝。その間、銀行は閉まっている。だからなんとしても金曜の夜中に手を打たねばならなかった。そういうことでしょう。」
「俺がなぜコンドウサトミを選択したか。」
「それはコンドウサトミが現在も生きている可能性があるということをお知りになったからでしょう。」
窓の外を眺めた朝倉の後ろ姿は逆光によってはっきりと見えない。
「そうだ。コンドウサトミは鍋島惇でもある。その鍋島が今も生きているとなると、3年前の熨子山事件は未解決事件ということになる。」
「鍋島惇の金主は今川惟幾です。」
朝倉は振り向き、そして頷いた。
「我が公調においてツヴァイスタン工作要因として従前より最重要監視対象であるこの今川が、下間芳夫という別の工作員を介して、あの事件後も尚、鍋島に資金を提供していることが明るみになるとあなたにとって非常に都合が悪い事態となりますね。」
「鍋島惇は死んだと判断したのは俺だ。この俺の判断が間違っていたということになる。」
「当時の事件の重要参考人です。例え不作為であろうと間接的にあなたは鍋島の逃走を幇助したことになる。それはあなたの責任問題にもなりかねない。」
「確かにな。」
「今川はコミュというサークル活動を仁川をして組織させ、そこで反体制意識の醸成を図っている。鍋島がその今川の子飼いの部下であったとなると、これまたあなたは不作為であるにせよ間接的に今川を利する判断をしたことになる。」
「ふっ…。」
何も言えないという一種の諦めのような表情をした朝倉は苦笑いを浮かべた。
「しかし実は現状、それ以上にまずいことが発生している。調査官それが何か分かるか?」
「は?...いえ。」
「今言ったその事実を知っているのは直江主席調査官。お前だけだ。」
「はい。」
「つまり俺が言いたいことは分かるな。」
直江は口を横真一文字につぐんだ。
「長官にはお前を人事課長にしたらどうかと言っておいたよ。」
「…。」
「俺もこの歳だ。もう前線で闘う年齢じゃない。お前ら若手がこれからの公安を引っ張っていってくれ。」
「どういう意味でしょうか。」
「俺の意図するところを知り、俺以外に情報を外に漏らす可能性があるのはお前だけだ。」
「…。」
「調査対象であるコミュに調査員を潜入させようとするも常に何らかのかたちで奴らはそれを察知。先回りし手を打っていた。今回の捜査事項照会書にしてもそうだ。」
「直江、貴様がモグラなんだろう。」
直江は朝倉に何も言わなかった。
「モグラがモグラを探しても何もみつかるわけがない。だから俺はあえてお前をモグラ退治に指名した。」
「…。」
「どうした弁明してみろ。」
「…いいえ。弁明はしません。」
「ならば認めるということだな。」
「ここでのコメントは差し控えさせていただきます。」
「ふっ...いいだろう。お前は優秀だ。誰かさんと違って物分かりが良い。」
「部長がおっしゃる誰かというのがいまひとつピンときませんが。」
「直江、俺の協力者になれ。」
直江は何の返事もしない。ただ朝倉を見つめるだけである。
「人事を握れ。」
「その後は。」
「古田を消せ。」
直江は朝倉を前に含み笑いをするだけであった。

左の人差し指をフック状に曲げると能登半島と似た形になる。
この第二関節あたりの日本海側に能登第一原子力発電所はある。金沢方面からこの施設に行くには、のと里山海道を利用するのが最短ルートである。のと里山海道は内灘町から穴水町までの区間、能登半島を縦断する自動車専用道路。これを利用すれば1時間半程度で能登イチに到着する。
この柳田インターチェンジで降りた鍋島はそのまま日本海側の県道に合流。制限速度を守って海沿いの道を、彼は幌付きの軽トラックで北上していた。
県道沿いにはのどかな田園風景が続く。その中に黒光りする瓦屋根、漆喰に横羽目板張りが印象的な家屋が目につき、ここは能登であると実感する。コンクリート造りの背の低い小屋のようなバスの停留所が時折目につくのも能登特有の景色かもしれない。
右前方に見える遠くの丘の上から2基の排気塔が顔を出していた。
しばらく車を走らせると、何台もの乗用車が駐車しているのが目に入った。のと里山海道を降りてからというもの、片手で数える程の車としかすれ違っていなかった。それが急にここで多くの車を見ることになり、どこか不自然な感覚を彼は覚えた。
「あれね。」
『能登第一原子力発電所 入口』と書かれた看板が見えると、彼はそれが指し示す矢印通りに車を右折させた。
高速道路の料金所のようなゲートがある。ここでセキュリティチェックを受けるのであろう。鍋島はそこにある立て看板の指示通り、アイドリングを止めて車から降り、入場受付の前に立った。
「初めて?」
顔に皺が深く刻み込まれている警備員姿の老夫がぶっきらぼうに声をかけてきた。
「はい。」
「何の用事け。」
「納品です。」
「どちらに納品ですか。」
「事務本部棟に。」
「誰宛ですか。」
「菅さんです。」
「どちらの?」
「保修計画課の。」
守衛はちょっと待てと言って、その場で内線電話をかけた。
「もしもし。あーお疲れ様です。菅課長に納品の方がお見えです。…え?知らん?...ちょっと待って下さい。」
受話器を手で抑えた守衛は困ったような顔で鍋島を見た。
「すいませんが、菅はそのような納品は知らないと申しておりますが。どこかと勘違いされとるんじゃないですかね。」
「いいえ。これ見て下さいよ。」
そういうと鍋島は送り状を守衛に見せた。
受取人には石川電力保修部保修計画課 菅由人さまとある。
「あれ?」
視線を下にずらすとそこに書いてあるはずの差出人欄が空欄であることに守衛は気がついた。
「おい。あんた。ふざけてもらっちゃ困りますよ。」
「あ?」
鍋島の顔を見た瞬間、守衛の威嚇めいた声色が変わった。
「あ…いえ、なんでもありません。」
「おい。どうしたんや。」
鍋島とやり取りしていた者と別の人間が間に入った。
「なんでもありませんよ。」
「そうなの?」
「はい。」
「あの…書類か何か書かないといけなんじゃなかったでしたっけ?」
鍋島の発言に促されて守衛は一枚の書類を彼に差し出した。入場許可申請書である。
「ここにおたくの会社名とおたくさんの名前書いて下さい。」
「はい。」
鍋島はそこに近藤急送、近藤里見と記入した。
「ああ、近藤急送さんね。いつもご苦労さまです。」
「そちらこそいつもご苦労さまです。」
どちらも初見であるはずの2人がこの時既に顔見知りとなっていた。
守衛から通行証を発行された鍋島は、何も無かったようにそのまま車を事務本部棟まで進めた。
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2016年01月11日

76 第七十三話



「朝倉は鍋島の使用者やったんですよ。」
「雇い主ってことですか?」
「このあたりはちょっと複雑でしてね。単純な雇用関係じゃないんですわ。」
そう言うと古田は相関図の朝倉忠敏の名前から放射状に伸びている線を指でなぞった。
「え?今川?」
「はい。」
「今川って、まさかあの今川ですか。」
「ええそうです。佐竹さん。あなたが久しぶりにワシに連絡してきて、いの一番に素性を聞きたいって言った男の名前ですよ。」
「今川が朝倉・鍋島のふたりとどういう関係が。」
「同志。」
「同志?」
「鍋島はどうかはわからん。ほやけどこの今川と朝倉は同じ目標を持っとるのは捜査済み。」
「目標って…。」
「今川の経歴は佐竹さん。あなたに会って話した通りや。」
「ピッカピカのエリートコースでしょ。」
「ええ。ほやけど何でか分からんけどこんな裏日本の糞田舎の医療関係の会社の役員として、現在活躍中。変でしょ。」
「ええ。」
「しかも今現在はマルホン建設の買収をしようと工作。」
「はい。」
「この今川がいま、なんでマルホン建設の買収を企んどるか。そこを探ってみると朝倉との共通の目標が浮かび上がってくる。」
「それはなんですか。」
「マルホン建設はドットメディカルの提携をもって復活した。それは三年前、金沢銀行の山県支店長と一緒に善昌と交渉した佐竹さんならご存知でしょう。」
「ええ。」
「あの提携話の裏に一色の企てがあったこともあなたは知っとるはずや。」
「はい。マルホン建設に外部の血を入れることで役員体制の刷新を図り、本多慶喜の影響力を排除。そしてドットメディカルの先進的なノウハウとマルホン建設の建設ノウハウの融合を図り、V字回復を狙う。その放漫経営からの脱出を善昌に任せることで、彼の面目躍如も兼ねる。これですよね。」
「そうです。それが一色の企てのひとつやった。」
「え?ひとつ?」
古田は頷く。
「え?どういうことですか。」
「佐竹さん。ドットメディカルって会社は医療関係のノウハウを蓄積しとる。それは医療機器や医療設備関係に留まらず、医療のシステムにも及ぶ。」
「はい。その医療システムの責任者がCIOの今川です。」
「そう。ドットメディカルはマルホン建設と提携する前はプロパー営業による業績拡大を図っとった。確かにその業績の伸びは目覚ましいところがあったんやけど、その成長の度合いは想像の範囲内。ところがマルホン建設と提携するようになってからは、想像以上の業績拡大が起こった。腐ってもマルホン建設や。あの会社の信用力は絶大。高齢者施設建設をはじめ、医療施設の改修、それに伴うシステムの入れ替えなど恐ろしい勢いで仕事を受注して、マルホン建設はかつての公共事業頼りの体質から一気に抜けだした。」
「はいそうです。」
「その恐ろしいまでの急成長の中、今川の企てが進行しとった。」
「今川の企て?」
「ええ。」
「なんですかそれは。」
「佐竹さん。あなた金沢銀行のシステムもドットメディカル謹製のもんやって言っとったね。」
「ええ。」
「それが今回、何らかの不具合を起こしとる。」
「はい。山県部長の社員情報を勝手に書き換えたり、コンドウサトミという顧客情報を忽然と消し去った。」
「あなたはそれがドットメディカルによる金沢銀行に対する間接的な脅迫行為じゃないかって、私に言いましたよね。」
「ええ、ですが違うんでしょ。」
「確かにワシはあのときあなたにそう答えた。」
「え?まさか…。」
「あれはあの場での事、実際のところあなたの読みは正しい。」
「え?」
「それですよ。」
佐竹は眉間にしわを寄せた。
「ヒト・モノ・カネが経済活動の源泉です。しかしそれだけで経済が動いとったのは過去の話。いまはここにもう一つ、情報っちゅう要素が加わっとる。んでその情報をここ石川県でかなりの割合で抑えとるのがドットメディカル。」
「まさか…。」
佐竹は何かに気がついたようだ。彼の首筋には汗の粒がにじみ出ていた。
「そう。あの会社はその気になればそれらの情報を止めることができる。あんたの会社だけじゃない。ココらへんの地域経済も、県警の情報も自分たちの良いようにできる。」
「まさかひょっとして…十河さんが言っていた、県警の指紋情報が書き換わっていたって話もドットメディカルのシステムが絡んでいるんですか。」
「はい。」
佐竹は思わずため息をついた。
「なんで朝倉も今川もそんな事を…。」
「佐竹さん。これがスパイっちゅうもんなんですわ。」

「左の人が右に転向するのはよく聞く話ですど、右から左ですか。」
車を運転する神谷は前を見ながらボソリとつぶやいた。
「まぁレアケースやな。」
「それにしても富樫さんってなんであんなにIT関係の知識があるんですか。ひょっとしてもともとそっち方面の専門職だったとか。」
「マサさんは勉強したんや。更の状態からな。」
「勉強?」
「ああ。ホンボシを落とすために。」
「いや、勉強って感じでどうこうなるほどの知識量じゃないですよ。それに実践でもばっちりじゃないですか。」
「神谷。人間やる気でなんとかなるもんや。」
「いやいや...やる気って…。」
「神谷。人間やるかやらんか、その意志の強さが行動の一番の源泉なんや。」
「まぁ…。」
片倉はそう言うと車の助手席の裏につけられていた小さな何かの端末を引き抜いた。
「えっ?何ですそれ。」
「GPS」
「え…それって勝手にとって良いんですか…。警察車両の装備品でしょ。」
「ああ。付け替えるんや。」
「え?」
鞄の中から小さな端末を取り出した片倉はそれを引きぬいたものと置き換えて設置した。
「三年前の熨子山事件の時、このGPSの存在がホンボシの存在を明らかにした。」
「え?」
引きぬいたGPSの発信装置を握りしめた。
「あれは俺の異動の内示が降りた頃の話や…。」

県警本部の喫煙所に入った片倉はそこで古田と偶然出会った。
「おうトシさん。」
「これはこれは、警備部の片倉先輩じゃありませんか。」
「けっやめれま。」
「何やら朝倉部長の引き立てのようやがいや。」
「あーあ、少しは楽な部署に行きてぇって思っとってんに、これで人生さらにハードモードやわいや。」
「なんじゃそれ。」
「人生を生き抜く難易度が上がったってこと。
「どういうことぃや。」
「トシさんはいいわいや。やわら警察やめて自由の身やろ。けど俺はガテン系の巣窟警備部。プロレスラーみたいなガタイの連中を束ねるなんちゅうんは、ちょっと荷が重めぇな。」
「はっ、何言っとれんて。おめぇ公安やろいや。」
タバコを咥えた片倉の動きが止まった。
「警備課じゃなくて公安課やろ。公安行って、三好の周辺を洗えんろ。」
「…なんでそれを。」
「松永から聞いとる。」
「え?」
「どうやらワシもなかなか足を洗えんらしいわ。」
古田の言葉が片倉に全てを悟らせたようだ。片倉の表情が凛としたものに変わった。
「まさか…トシさんもか。」
古田は頷いた。
「Imagawa。」
「なんやそれは。」
「本件捜査のコードネーム。今後はこれでお前とのやり取りは統一する。」
「…わかった。」
「早速やけどお前に注意してほしいことがある。」
「なんや。」
「お前、熨子山事件の時、通信指令で部長の車のGPS情報を真っ先に調べようとしたやろ。」
「おう。」
「あれを逆手に取れ。」
「え?」
「お前、あの時気が付かんかったか?」
「何のことや。」
「なんで一色は自分の車にテストとしてGPSを搭載しとったか。」
「なにィや、テストやってんろ。このシステムがうまいこと利用されて事件の早期解決とか捜査効率が上がれば上にそれが提案できるって。」
「ほうや。表向きはな。」
「は?表向き?」
「ワシはあの時、一色が自分の車だけにGPSを搭載させとったんは、別の理由があったんじゃねぇかって思っとる。」
「なんねん。」
「自分の居所をわざと誰かに教えとった。」
「は?」
「わざと誤ったGPSデータを送信することで、データの受信側を撹乱させる陽動作戦を行なった。」
そう言うと古田は数枚の書類を取り出して、片倉の前に差し出した。そこには数字がびっしりと印字されている。
「緯度経度や。」
「は?」
「お前があの時、通信指令に開示を拒まれたGPS情報や。」
「なんであんたがこれを…。」
「imagawaに絡んだもんしゃあねぇわ。」
古田はそう言うとさらに一枚の書類を片倉に見せた。
「緯度経度を地図に落とし込んだ。」
「…待ってくれ...トシさん。」
「お前がそういう反応をするがも分かる。」
「これを見ると、事件当時、一色は熨斗子山の山頂なんか言っとらんがいや。」
「おう。」
「ドットメディカル本社とマルホン建設を移動…。」
「あいつが死んだと思われる時刻には七里の家。」
「七里はドットメディカルの社長。」
「こっから分かるんは、一色は生前、GPSを七里の車に搭載し偽のデータを送っとったってことや。」
「なんでそんなことする必要あるんや。」
「だから言ったいや。陽動作戦やって。」
「待てやトシさん。誰を撹乱させれんて。一色の車両情報を見れるのは警察内部のごく一部の人間...って…。」
「その通り。一定の権限をもった人物。もしくはシステムを管理運用する会社の内部の人間。」
「まさか…。」
「当時、間違いなく朝倉は焦っとった。」
「朝倉…。」
「ああ。」
「なるほどimagawaはあいつの討伐令でもあるんか。」
「まぁそうとも言える。」
「マルホン建設とドットメディカルを結びつける工作活動を一色がしとることは朝倉は把握しとったけど、村上や鍋島と直接会うなんて奴は考えてもおらんかった。ほやから焦るがあまり察庁の意向を無視して実名報道。被疑者一色貴紀の誕生。」
「七里は当時の一色のエス。ドットメディカルとマルホン建設を結びつけて、あの会社の体制を立て直しを一色が図ったのはあくまでも一つの側面。」
「今のトシさんの話し聞いとりゃそれぐらい察しがつくわ。」
「さすが公安課の課長さんですな。」
「…ということは…一色は...。」
「ここ県警に忍び込んだ、潜入捜査官。」
「警察の警察による警察のための潜入捜査官…。」
「モグラのモグラや。一色がどの時点からモグラになったか、察しのいいお前はわかるな。」
片倉は息をついた。
「トシさん。あんたにあいつがあのセリフを言った時からやな。」
「ああ。」
「やるかやらんか、それが問題や。」

「さっきお前にAさんの話したな。」
「…はい。」
「そのAさんはズバリ、今話したAさんや。」
「そうでしょうね。」
「Aさんがツヴァイスタンの工作員である今川と協力し、様々な企業の情報を抑えた。」
「いまはその情報が人質に捕られているって状態ですか。」
「そう。」
「まずいですね。」
「ああ、まずい。」
「その気になればその情報を止めることもできるし、消し去ることもできる。」
「そうや。」
「奴らも後はやるかやらないかそれだけが問題だって状態なわけですね。核のボタンを持っているように。」
「その通りや。テロリストが核を持ってしまったみたいなもんや。流石に飲み込みが早いな。」
「課長の話のとおりだとすると、後は意志の問題ですね。」
抜き取ったGPSを片倉は見つめた。
「意志ね…。」
「そうでしょう。」
「そうや。俺らはその奴らの意志のちからをゲリラ戦で削る。」
「はい。」
「ふっ…どっちがテロリストかよく分からんよ。」
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2016年01月04日

75 第七十二話



「佐竹さん。熨子山事件は解決に至っとらん。」
「…。」
「どこかのタイミングであなたにはあの事件の真相を話さんといかんと思っとった。」
「…。」
「その時が来たんやわ。」
テーブルに置かれた村上のジッポーライターを手にして古田は間をとった。
「結論から言いますよ。」
佐竹は固唾を飲んだ。
「村上隆二は鍋島によって殺された。」
「…。」
そう言うと古田は1枚の写真を佐竹に差し出した。
黒のコートを纏った男がエレベータの中に入ってきたところを抑えた監視カメラの画像であった。
「鍋島...。」
「流石、高校時代に同じ釜の飯を食った仲ですな。一目見てこいつが誰だか分かったか…。」
「十河さんの話では病院の監視カメラは画質が悪くて、犯人の判別ができない状態だったって聞きましたけど。」
「あれは嘘や。」
「え…。」
「あれは鍋島の存在が割れると都合が悪い県警上層部がでっち上げた情報や。」
「でっち上げ…。」
「ああ。わしら現場の人間は作られた情報の上で踊らされとっただけや。ちなみに当時、村上が入院する外科病棟で見張りについとった男は、あれから2週間後日本海に打ち上げられた。警察はそれを自殺として処理した。」
「え?」
「この事実が何を物語っとるか勘のいいあなたはわかりますね。」
額に手を当てて佐竹は目を瞑った。
「そう。あの事件で村上が行ったと思われる犯行の全てがコンドウサトミこと鍋島惇によるものやった。そしてその鍋島の犯行を県警上層部のある人物がすべてもみ消した。県警内部の人間を消してまでもね。つまり一色もまたその県警上層部人間に間接的に葬られたってことです。」
「なぜ…。」
古田は頭を振った。
「残念ながらすべての動機はまだ解明できていません。ですが様々な人間の証言や証拠を積み重ねて推理すると、それが一番説得力がある。」
こう言って古田は一冊のノートを鞄の中から取り出して、それを佐竹に見せた。
「熨子山事件の人物相関図です。」
目の前に出されたものは鉛筆書きのものだった。消しゴムで何度も消しては描いた跡がある。ノートの見開き中心部には左から鍋島惇、村上隆二、佐竹康之、赤松剛志、一色貴紀の名前が縦に書かれ、それぞれの名前の横に赤鉛筆で線が引かれていた。
「ワシはあんたら五人の関係性をそこの赤線から五の線と呼んどる。」
「五の線?」
古田は頷く。相関図はその五の線から放射状に様々な人物名が結び付けられ、その関係性はぱっと見でさっぱりわからないほど入り組んだ複雑なものだった。佐竹が知る名前もあれば、聞いたこともない名前もある。
「そもそもあの三年前の事件の発端は、一色の交際相手やった山県久美子が穴山と井上っちゅう輩に犯されたことから始まっとる。」
「はい。その穴山と井上は村上の指示で久美子を。」
「ほうや。三年前、村上があんたに言ったことをそのまま額面通りに受け取ればね。」
「と言うと?」
「事件後の取り調べであんたはワシに当時の村上とのやり取りを話してくれましたよね。」
「あ、ええ…。あの時のことは正直あまりはっきりと覚えていないんですが…。」
「村上はあんたに一色の仇をとってやったと言った。」

「でもさ、佐竹。俺は仇を打ってやったんだよ。」
「仇?誰の。」
「一色の。」
「お前なに言ってんださっきから。」
「お前こそ何も分かってないな。一色は首を突っ込んだらダメなところに突っ込んだ。だからその警告を俺がした。それでも突っ込みやがる。手に負えないからお灸を据えるために婚約者って奴にちょっといたずらさせた。一時はおとなしくなったが、それでもあいつは突っ込んでくる。だから俺は久美子にいたずらした奴らをやっつけた。」
「え?」
「それでも話し合いで済ませることはできないって言われたら、お前ならどうするよ。」
「ちょ、ちょっと待て…。お前何言ってんだ。本当に頭がおかしくなったんじゃないのか…。」
「なぁお前ならどうする?」
「おい…村上…。」
「どうするかって言ってんだよ‼︎…答えろ…答えろよ…。なぁ佐竹。答えてくれよ‼︎」

「あの時ワシはどうにもよく分からんかったんや。村上のあの発言は普通に考えれば、精神に異常を来した人間の支離滅裂な言葉や。」
「はい。」
「ほやけどあんたが十河に言った言葉で気がついた。」
「何を。」
「村上もまた、鍋島が持つ妙な力で操られとったんじゃないかって。」
佐竹はテーブルに置かれていた水に口をつけた。そして一息ついて口を開いた。
「古田さんもそう見ましたか。」
「やはり佐竹さん。あなたもそう思っとりましたか。」
佐竹は頷いた。
「佐竹さん。あんたも御存知の通り、村上という男は純粋で正義感あふれる男です。口悪いところはあるが五の線の中でもっとも平和的で理想を追い求める傾向があった。それは残留孤児の社会復帰を支援する活動を私財を投じて行っていた過去を見れば明らかです。」
古田と村上は直接的な接点はない。それなのに古田は村上の性格をしっかりと把握している。佐竹は古田の捜査能力の尋常のなさを感じ取った。
「ええ。」
「そう言う真っ直ぐな性格の人間はあの手のマインドコントロールにかかってしまうと、なかなか抜け出すことができん。ワシはその手の専門家に聞いたことがあります。」
「あの時の村上の言動は、あいつの潜在的な良心と洗脳された思考のせめぎあいだったってことですか。」
「はい。」
古田は話を戻しますと言っておもむろに煙草の火をつけた。
「佐竹さん。この手のレイプ事件っちゅうのはいろいろ辛いもんがあるんですよ。」
「え…?」
「県内の産婦人科を手当たり次第当たったんですわ。」
「ま…まさか…。」
煙を吐き出した古田は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「ぶち当たりましたよ。当時、久美子がかかっていた産婦人科に。」
古田はカルテの写しを佐竹に差し出した。
佐竹はそれを恐る恐る手にした。
「妊娠です。」
そう言うと古田はもう一枚の書類を佐竹に見せた。
「これは出産前DNA鑑定書です。これによると久美子が身籠った子供のDNAの型は一色のものでないことが分かっています。」
「…ということは。」
「穴山か井上、そのどちらかが父親と類推できるでしょう。」
「…ええ。」
「違うんですよ。」
「え?」
「違うから厄介なんやわ。」
古田は相関図の中の穴山と井上のところを指差した。そこから指を移動して彼は山県久美子の名前を指す。そしてそこから派生する線のひとつをなぞり、ある人物の名前にたどり着いた時点で再度指止めた。
「え?」
「え?でしょう。」
「な、鍋島?」
「はい。」
「は?」
「一色が教えてくれましたよ。」
「え?」
「あいつの遺体の爪に鍋島のものと思われるDNAが残っていました。それをこの鑑定書のものと照合すると結果がそうやったんです。」
「そ…そんな…。」
「佐竹さん。あなたが言った鍋島の特殊能力は他人を瞬時に洗脳する事ができるってことでしたよね。その説とDNA鑑定の事実が導き出す結論はなんでしょう。」
「…そのレイプの実行犯は実は鍋島で、奴はその場に居合わせた村上と穴山と井上に嘘の情報を摺りこんだ。」
「正解。」
肩の力を落とした佐竹の様子を見た古田はカルテをしまった。
「穴山でもなく井上でもない、どこの誰だか分からん男の遺伝子を持った子供を久美子が身籠った。普通ならこの時点で交際相手である一色は久美子に問いただすでしょう。交際相手を疑ってかかるんですから辛いことですよ。しかし彼はそれをせんかった。久美子の当時の主治医がそう証言しています。あいつはただ一言『堕ろしてください』とだけ言ったようです。おそらく一色は鍋島の特殊能力のことにこの時既に気がついとったんでしょう。んで首謀者と思われる村上もまた、鍋島に良いように操られていると判断したんでしょう。今になればあの時の一色の言葉の真意がわかる。」
「なんですか、その言葉って。」
「一色はかつてワシにこう言いました。久美子のレイプ事件の事は必ずケリを付ける。しかし現状の日本の法体系では強姦罪が成立しても大した量刑が課せられん。」
「じゃあどうするんですか。」
「方法はある。やるかやらないかそれが問題だ。」
「え?」
「佐竹さん。言ったとおり久美子のレイプ事件だけを追っかけて鍋島を仮にしょっぴいても大した罰は与えられん。」
「はい。」
「それに当の久美子の記憶からは鍋島の特殊能力のおかげで、奴の存在自体が消えとる可能性がある。レイプは親告罪や。そもそもの犯罪が成立せん可能性が大や。となると別の手段がある。」
「え?どういうことですか。」
「別件逮捕。」
「え?」
「別件でしょっぴいて法の下で最高刑を奴に下す。」
「まさかそれが赤松の親父の件…。」
「それだけじゃない。鍋島はかつて別の事件で県警にマークされとった。その事件で奴はコロシの疑いがあった。それらの余罪を再度捜査し、鍋島を追い詰める予定やった。」
ここで古田は再び煙草に火をつけた。
「しかしさすがの一色もひとりだけの力で鍋島の周辺を洗い、尚且つマルホン建設、仁熊会、本多周辺までを調べ尽くすことはできん。ほやからあいつはごく限られた人間の協力を得てこれら捜査を秘密裏に行っとった。当時はワシも、あいつの直属の部下である捜査一課の課長も一色の動きは知らなんだぐらいや。」
「古田さんまで知らなかったんですか。」
「はい。」
「そんなことが…。」
「佐竹さん。一色がなんでワシらにもわからん動きをしとったか分かりますか。」
「いえ。」
「それは県警上層部におるモグラを欺くためですよ。」
「モグラ?」
「ええ。スパイのことです。」
「まさかそのモグラは…。」
「あなたも十河の話でご存知でしょう。」
「当時の県警本部長。」
「そう。朝倉忠敏。」
「どうして県警本部長が。」
古田は勢いよく煙を吐き出した。
「朝倉が鍋島の使用者やったからです。」
「え…。」
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2016年01月01日

128 最終話 前半



コミュの会場となった会館前には複数台のパトカーが赤色灯を灯して駐車していた。会館には規制線が敷かれ関係者以外の立ち入りは厳禁となっている。週末金沢駅の近くということもあって、このあたりで仕事帰りに一杯といった者たちが野次馬となって詰め寄せていた。規制線の中にある公園ベンチには、背中を赤い血のようなもので染め、遠くを見つめる下間麗が座っていた。


「ついては岡田くん。君にはこの村井の検挙をお願いしたい。」
「罪状は。」
「現行犯であればなんでもいい。」
つばを飲み込んで岡田は頷いた。
「よし。じゃあ君の協力者を紹介しよう。」
「え?協力者?」
奥の扉が開かれてひとりの女性が現れた。
「岩崎香織くんだ。」
岩崎は岡田に向かって軽く頭を下げた。
「岩崎…?」
ーあれ…この女、どこかで見たような…。
「近頃じゃネット界隈でちょっとした有名人だよ。」
「あ…。ひょっとしてコミュとかっていうサークルの。」
「正解。それを知っているなら話は早い。そのコミュってのが今日の19時にある。そこにはさっきの村井も共同代表という形でいる。」
「村井がですか?」
「ああ。」
「君には岩崎くとにコミュで一芝居うって欲しい。」
「芝居…ですか。」
「ああ。芝居のシナリオはこちらでもう用意してある。君はその芝居に一役噛んだ上で、流れに任せて村井を現逮してくれ。君らが演じる芝居が村井の尻尾を出させることになるはずだ。」
「大任ですね。」


「お疲れさん。」
彼女の横に座った岡田がミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出した。それを受取った麗は何も言わない。
「迫真の演技やったな。」
「…。」
「それにしても村井の奴、お前が刺されて倒れとるっていうげんに、お前んところに駆け寄ってくることもなく、淡々と参加者を煽っとった。」
「…。」
「薄情なもんやな。」
「…そんなもんですよ。」
「ん?」
「私はいつもそういう役回りだった。みんなロクに新規の参加者の獲得もせずに、能書きばっかり垂れてる。私は自分が唯一人より優れている外見を活用して新規の参加者を獲得してるのに…。私自身は全く評価されなかったわ。」
「ほうか…。」
「何かの度に私をヴァギーニャとか言って持ち上げるくせに、楽屋裏では私に対する妬みばかり。挙句の果てに私が色仕掛けしてまで参加者を獲得しているなんてデマまで流して…。」
「酷ぇな。それ。」
麗はペットボトルに口をつけた。
「…でも、兄さんはいつも私のことを心配してくれた。」
「兄貴ね…。」
「コミュの皆をまとめるために、時には周りと同調するようにあの人は私のことを責め立てた。でもその後直ぐにフォローの電話をしてくれた。お前には辛い思いをさせているがもう少しの辛抱だって。」
「妹思いの兄ってやつか。」
「でもその兄さんも、お父さんもあなた達に捕まってしまった。」
「麗。お前の話は本部長からひと通り聞いたわ。」
「そう…。」
「はっきり言うけど俺はお前に同情はせん。」
岡田は麗を断じた。
「さっきも放っといたらヤバいことになっとった。コミュの連中を原発まで動員してあそこで騒ぎを起こす傍ら、俺を片町のスクランブル交差点にトラックごと突っ込ませて、テロをする予定やったんやからな。」
麗は黙って岡田を見た。
「そんなもんを企てとったお前の兄貴と親父は法によって裁かれる。これはこの国では至極当たり前のことや。俺らはその当たり前のことを実行するために居るんやからな。」
「兄さんとお父さんはこれからどうなるの。」
「わからん。こっからは俺ら警察の管轄じゃない。」
「そう…。」
岡田は一枚の紙の切れ端を取り出してそれを麗に渡した。
「なに?…これ。」
「本部長が言っとった約束のあれや。お前が捜査に協力してくれれば母ちゃんの面倒をお前が見れるようにさせるって。」
「何よこれ…住所が名古屋じゃない…。お母さんは都内の病院にいるって言ってたわよ。」
「ほうや。お前の母ちゃんは都内の病院や。こいつは入管の住所。」
「入管?」
「入管にも話し通してあるってよ。麗。まずはお前はここで難民申請をしてこい。申請してこの国の方に則って、晴れてこの国で誰にもはばかることなく下間麗として暮らせ。」
「え…。」
「んで母ちゃんの看病をしてやれ。」
麗はメモに目を落とした。
「俺らは下間麗なんて人間のことは何も知らん。」
「岡田さん…。」
「ほんじゃあ、お前のことを待っとるやつが居るから、俺はここでお別れや。」
「…。」
「晴れて日本で暮らせるようになったら、いつでも俺を訪ねて来い。」
メモには携帯電話の番号が書いてあった。
「そこに突っ立っとる主演男優と一緒にな。」
そう言って岡田は彼女に背を向けた。
規制線の外に出た岡田はそこに立っている男の肩を叩いた。肩を叩かれた男は駆け足で麗の方に向かって来た。
「長谷部君…。」
麗の側まで駆け寄った長谷部はなにも言わずに彼女を抱きしめた。麗の瞳から涙が溢れ出した。
「麗…。ごめん…力強すぎた…。」
抱きしめながら麗の背中を擦る長谷部の様子を、相馬と京子の2人は遠巻きに見つめていた。


冨樫は何も言わずに机の上に古ぼけたカメラを置いた。
「下間。これは何や。」
「何って…カメラだ…。」
「見覚えは?」
下間は首を振る。それを見た冨樫は落胆した表情になった。
「何だ。」
「…これはな。仁川征爾の持ちもんなんや。」
「仁川…。」
「お前の息子がお前に言われるがままに背乗りした、仁川征爾のな。」
「…そうか。」
「お前やな。征爾の両親を事故に見せかけて殺したんは。」
下間は頷く。
「なんでほんなことしたんや。」
「愚問だ。俺らには仕事の選択権はない。上の言うことはすべてだ。上が指示を出したからやった。以上だ。」
「上とは。」
「執行部。」
「朝倉は。」
下間は苦笑いを浮かべた。
「関係ない。当時はまだあいつは公安だったはずだ。俺らとあいつはむしろ対立関係にあった。」
「じゃあその執行部とは。」
「本国だ。」
「ツヴァイスタン本国。」
「そうだ。」
下間はため息をついた。
「でなんだ。そのカメラ。」
「あいつの両親を世話したおっさんがまだご存命でな。このカメラ持ってずっと征爾の帰りを待っとる。んでな、そのおっさんがこう言うんや。もしも征爾が生きとったらこいつで写真撮って自分のところにそれ送ってくれ。もしも征爾が死んどったらこのカメラを墓にでも供えてくれって。」
「そうか…気の毒なことをした。」
下間は天を仰いだ。
そして口をつぐむ。
「…冨樫とか言ったな。」
「…おう。」
「それは随分と古いカメラみたいだが、ちゃんと動くのか。」
「あ?ああ…。動作確認はできとる。」
「じゃあそのおっさんに仁川の写真撮って送ってやれ。」
「え…?。」
「仁川征爾は生きている。奴はツヴァイスタンに拉致された。」
取り調べの様子を記録している捜査員の手が止まった。
「なに?」
「言っただろう。仁川はツヴァイスタンにいる。」
「お…お前…そいつは…本当のことか…?」
「ああ。お前ら警察は掴んでたんだろう。」
冨樫は口をつぐんだ。
「ツヴァイスタン工作員による拉致は掴んでいたが何もできなかった。なぜならそれがセンセイ方の意向だったから。」
「…。」
「拉致問題があると言って、日本はツヴァイスタンに拉致された国民を奪還する術はないからな。」
「現状はな。」
こう言った冨樫の顔を見た下間はニヤリと笑った。
「本気なのか。政府は。」
「ワシはただの末端公務員。政府中枢の思惑はわからん。」
「今回の手際の良い警察の動きを見る限り、俺には伝わってくるよ。」
「そうか。」
「ふっ…。これで少しはまともな国になるかもな。」
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする