2016年03月28日

87 第八十四話



能登イチでの爆発事故がコンドウサトミの生存を県警内部に知らしめた。
3年前の熨子山連続殺人事件で死んだはずの人間が生きている。しかもその人間は原子力発電所にいとも簡単に侵入し、爆発物を設置。まんまと逃げおおせたのである。
チヨダ直轄案件を追う片倉ら一部の公安関係者は昨日の段階でおおよその概要を把握していたが、県警の一般捜査員は本日7月17日にこの概要を知ることとなった。県警はまず爆発事件の捜査に動き出した。同時にコンドウサトミの身元を再度洗うこととし、情報管理調査本部を設置した。
情報管理調査本部長に任命された警備部部長の土岐は提出された資料に黙って目を通していた。
熨子山連続殺人事件を捜査したのは刑事部。この刑事部の捜査に何らかの不手際があった可能性がある。身内の事を身内で調査することは真実の隠蔽にもなりかねない。よってこれを検証するには第三者の目をもってするのが適当だと判断した県警本部長による人事であった。土岐の下に警務部情報管理課、警務部監察課、そして様々な部署の一部のスタッフが置かれた。
「部長から見て右側が、ワシが個人的に保存しとった鍋島惇の指紋。んで左側はデータベースの七尾のガイシャの指紋。」
密室で土岐と向い合って座る十河はこう言った。
「確かにパッと見た感じだと、朝倉本部長の言っていることも分かる。しかしあんたが言ってる通り右人差し指をみればその違いが分かる。」
「でしょう。鑑識から上がってきた情報っちゅうことでめくら判押すみたいな感じやとスルーするようなもんかもしれませんけど、よくよく見れば違いが分かる。」
「うん。」
「ワシはこのふたつの指紋が同じって判断するのはちょっと無理があるって感じで朝倉本部長に意見しました。ですがそれは却下されました。」
「なぜだ…。」
「分かりません。どうやらワシには科学的視点が足りんようです。」
「何かの意図があるな。」
「朝倉はどうしても七尾のガイシャを鍋島惇としたかった。そうなることで鍋島惇の死亡が確定する。死亡した人間について警察は捜査をすることはない。鍋島の死亡は熨子山事件集結を意味する。」
「何が何でもあのタイミングで熨子山事件の幕引きを図りたかった。」
「それか朝倉自身が鍋島と何らかのかたちで通じ、奴の延命を図るために捜査資料のでっち上げを行った。」
「そのどちらかだな。」
土岐はそう言うと腕を組んでしばらく沈黙した。
「で、部長。もうひとつお耳にいれんといかんことが。」
「なんだ。」
「その鍋島の指紋なんですが。部長のお手元にあるその資料のやつ、実は事件当時のもんなんです。」
「は?何言ってるんだ。当たり前のことだろう。」
十河は一枚の資料を取り出してそれを土岐に差し出した。
「これは7月17日時点での鍋島惇の指紋です。」
「は?」
「これを先ほどの鍋島惇の指紋資料と突合してみてください。」
土岐は資料に目を落とした。しばらくして彼は動きを止めた。
「なんだ...これは…。」
「そうでしょう。3年前の鍋島の指紋と現時点での奴の指紋が違う。」
「...基本的には同じものだが…十河、お前が3年前に朝倉に指摘した右人差し指の指紋が変わっている…。」
「ほしたらその現時点での鍋島の指紋と、七尾のガイシャの指紋を合わせてみてください。」
老眼鏡をかけ、土岐はそれを照合し始めた。
「…ぴったりだ。」
「そうなんです。こいつには私もびっくりでして。」
「なんでこんなことが…。」
「システムそのものの欠陥を疑うしかありません。」
「システム?」
「ええ。システムの方で鍋島の情報を自動的に書き換えた。」
「そんな馬鹿な。」
「ですが部長。システムの情報が勝手に切り替わるって話、どこかで聞いたことありませんか?」
「…あ。」
「そうですよ金沢銀行の守衛殺しの件です。あそこのシステムはドットメディカルが開発したもんです。」
「県警のシステムもドットメディカルのものだ…。」
「なんか臭いませんか。」
「臭うな。」
この時、彼の背後から恐ろしいまでの闘気が立ち上っているように十河の目に映った。
「システムそのものの導入に関する経緯も精査もする必要があるな。」
「ええ。」
「システム納入の関係者は。」
「すでに調べてあります。」
「言え。」
「当時の警務部部長の別所。同じく警務部総務課長の中川。ドットメディカルCIO今川。同じくドットメディカルCEO七里。システムを実質的にプログラミングする会社であるHAJABの社長、江國です。」
「待て十河。大事な名前が抜けていないか?」
「はい?」
「県警本部長の朝倉だよ。」
「それは言わずもがなと思いまして。」
土岐はふっと息をついた。
「しかし十河。お前、なんで3年前の鍋島の指紋情報を持っていた。情報の外部持ち出しはコンプラ違反だ。」
「知っとります。」
「知っててやったのか。」
十河は頷いた。
「必要は法に勝るとも言います。」
この言葉に土岐は肩をすくめた。
「十河。お前は当時の事件の関係者でもある。お前が先頭に立ってこの調査本部をひっぱれ。先ずはその民間企業を調査をしろ。」
「はい。ですが身内のことはどうしますか。」
「俺に考えがある。お前は民間を徹底的に洗え。」
「御意。」
「ここにもひとりか…。」
そう呟き十河が部屋から出て行くのを見届けた土岐の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

「昨日はごくろうさまだったね。」
「別に。」
「いやぁびっくりしたよ。改めて。」
「何よ。」
「兄貴の俺が言うのも何なんだけど、昨日のお前は綺麗だった。」
「何よ、気持ち悪い。」
「いや、これは本当なんだ。お前なりに考えられたオルグだよ。」
「え?何のこと?」
「何言ってんだ。ご新規さんの注目を集めるには見た目で釣るのが一番だって結論だろ。」
「…。」
「おかげで一気にコミュのアカウントの開設数が伸びたよ。掲示板にも奇跡の女の子降臨とかってスレッドまで立って、まだ伸びてる。」
「…。」
「明日のコミュにはお前見たさで多くの人間が来る。楽しみだよ。」
「…。」
「何だ?何で黙ってる。」
「…別に…何でもない。」
「違う。」
「え?」
「その沈黙は違う。違う意図があって君は沈黙した。」
「違わないわ。」
「長谷部とかって男だろ。」
「違うわ。」
「麗。嘘をつくな。お前が昨日、金沢駅の側のファッションビルにそいつと一緒に居たことは僕の耳に入っているんだ。」
「…。」
「長谷部俊一。石川大学3回生。ぱっと見た感じは南米ラテン系の健康的なハンサムボーイ。だろ。」
「休みの間の私の行動まで監視してるの?」
「心配だからね。」
「...気持ち悪い。」
ドットスタッフの自室にある応接用のソファに身を委ねていた悠里は、ため息をつきながらゆっくりと自身の髪の毛を掻き分けた。
「今更感がパネェよ。麗。」
悠里の声色が変わった。
「言ったろ。俺らは今普通に生活しているわけじゃない。革命のためのオルグをやってんだ。そこにはその手の色恋沙汰は障害以外の何物でもない。直ちに捨てろ。」
「分からないの。私だって。」
「何のことだ?」
「兄さん今、色恋沙汰って言ったよね。でも私、正直そういうのよくわからないから、あの人とどう接していいかわからないの。」
「麗…。」
「ただこれだけは言えるの。あの人がいると何だかわかんないけど気持ちが落ち着くの。何だかわかんないけど楽しいの。だから取り敢えずあの人のことを知ろうと思って会ってた。」
悠里はため息を付いた。
ー駄目だ。麗のやつ長谷部に惚れている…。
「でも私の休みは終わったの。だからもういいの。」
「そう言って割り切れないのが色恋沙汰ってもんなんだよ。麗。」
「え?」
「お前、長谷部のことを知ろうと思って会ってたとかって言ったよな。」
「…。」
「何か分かったか?」
「…いえ…何も…。」
「そうだろう。そんなもんなんだよ。」
「どういうことよ。」
「恋は盲目って言うだろ。この言葉の通り、一旦恋に落ちた人間は相手を疑うという機能が著しく低下するもんだ。」
「…。」
「俺は俺なりに長谷部のことをリサーチした。よってお前よりは長谷部俊一について知っている。いいだろう。教えてやろう。」
「え…。ちょ...ちょっと…。」
「石川大学入学当初は県職となり、石川の未来をこの手で作り上げることを目標とする。しかしそれは数ヶ月も経たずに変節。拝金主義へと転向。ネットワークビジネスを始めるも間もなく失敗。大量の不良在庫を親が買い上げるかたちで精算。ビジネスが向いていないと考えたのか長谷部の関心事は女性に移る。女にモテるためファッションにこだわったり、ボランティアサークルに所属しサークル内の女性に片っ端から手を付けたり、いい車に乗って助手席に女を代わる代わる乗せて行為に及んだり、意識高い自分を演出し私小説を書いて、その一部のファンに手をつけたり…。」
「え…。そこまで…。」
「大学に入ってから現在に至るまでの長谷部の被害者は33名。こいつは酷いな…。悪魔としか言えない…。」
「うそ…。」
「こんな汚らわしい男に惹かれるとは…麗…お前、総括が必要だな。」
「え…うそ...うそでしょ兄さん…。」
「悪魔に魂を売るような人間は俺は組織の一員としてして認めるわけにいかない。」
「兄さん…。」
「しかし昨日のお前のオルグの功績もある。だから明日のコミュをもってお前は脱会しろ。この件は俺が黙っておく。」
「え?脱会?」
「ああ。」
「脱会してどうすればいいの私?」
「知らない。勝手に生きろ。」
「え?兄さんも父さんもこれで縁が切れちゃうの?」
「その俺の呼び方はもうやめてくれ。」
「え?ちょっと待ってよ!?何で?何でなの?お母さんの病気治して、またあそこで一緒に生活するんでしょ?」
「麗っ!!」
悠里は一喝した。
「おまえはもう少し賢い女だと思っていた。」
「え?」
「今しかないんだよ。縁を切るのは。」
「…。」
「お前言ってたろ。岩崎香織になりすますのは疲れるって。」
「でも…。」
「お前が母さんのことを心配する気持ちは分かる。俺もそうだ。だが今回の任務が完了したら俺らがまたあの国に帰って昔のような生活ができる保証はない。」
「なんで?だってお父さんそう言ってたじゃない。そう言ってお父さん私達をツヴァイスタンから日本に連れてきたんでしょ。」
「俺だって独自のネットワークがある。そこから日々情報を入れている。だが実際のところ母さんの容体はおろか、その生存も確認できていない。」
「え…。でもお父さんだってそれを信じて今、ここで戦ってるんでしょ。兄さんもでしょ。」
「麗。これだけは言っておく。お前が今まで生きてきた人生は他人のための人生を歩むだけの受動的な人生だ。いまお前は自分のための人生を歩む重要な岐路にある。岩崎香織ではなく下間麗としてな。いま俺は兄としてできることの精一杯をやっている。頼むから俺の言うとおりにしろ。」
「ちょっと…。」
「すまんキャッチだ。明日のコミュには来てくれ。俺の方でうまくやる。お前はそれに合わせてうまく立ち振る舞え。」
こう言って悠里は一方的に電話を切った。
「ああお父さん。」
「頼む。」
「期日は。」
「明日までだ。」
「分かりました。」
「麗はどうだ。」
「やっぱり疲れてるだけみたいです。」
「そうか。」
「明日のコミュにもあいつは来ますのでご心配なく。」
「…うん。」
「どうしました?」
「あ…いや…。」
「麗だけじゃなくてお父さんも変ですよ。」
「あぁ...悠里...くれぐれも気をつけてな。」
「…なにせ相手は歴戦の猛者ですからね。」
下間芳夫との電話を手短に終わらせた悠里は秘書に出張に行くとだけ告げて、オフィスを後にした。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

86 第八十三話



「自社のウェブサイトがダウンする中の爆発事故。原子力発電所を運転する電力会社の経営責任が問われることとなりそうです。」
アナウンサーがこう言ったところで朝倉はテレビの電源を切った。
「醜態。」
「ええ。」
「察庁は何をやっている。」
「さあ。」
「松永は無能か。」
「そうかもしれません。」
「直江、少しはフォローしたらどうだ。」
「いえ。フォローのしようがありません。」
「お前も酷い男だな。」
朝倉は口元を緩めた。それに反して直江は表情ひとつ変えない。
「ですが、この一件で警察内で明るみになった事があります。」
この言葉に朝倉は15秒ほど沈黙し、ゆっくりと口を開いた。
「コンドウサトミこと鍋島惇の生存か。」
「はい。奴の生存が察庁内で明るみになったということで、熨子山事件に関わった人間の聴取が始まることでしょう。」
「それはお前の方でうまい具合に調整をつけておけ。」
「どのように?」
「知らぬ存ぜぬでいい。」
「と言いますと?」
「鍋島は七尾で村上よって殺害されたと判断するのが当時の状況から最も合理的な判断だった。それ以上でもそれ以下でもないと。」
「ですが、その物証が現時点において有力性を持ちえません。」
「それはどういうことだ。」
「現時点において七尾で殺害された人物の指紋が、当時のものとは全く違うものになっています。」
「なに?」
朝倉の声色が変わった。
「ご存じではありませんでしたか。」
「…初耳だな。」
「そうでしたか。」
「しかしそれはどういうことだ。県警のシステムに不具合でも起きているのか。」
「現状、それが最も有力な線です。何者かが意図的にその情報を改ざんしたとも思えませんので。」
「なるほど…。となると…警察の情報管理の杜撰さまで問題として出てくるのか…。」
「ええ。」
「因みにあそこのシステムはどこのメーカーのものだ。」
「ドットメディカルです。」
「ドットメディカル…。」
「ということはドットメディカルが鍋島の情報を何らかの形で変えた…。ということも考えられるということか?」
「優先順位は低いですが、可能性はあります。」
「ならばそこにもガサを入れねばならんな。」
「それは県警本部において準備中だそうです。」
「そうか。そういう対応だけは素早いんだな。」
「なにせ身内のことですから。」
「ふっ…。」
朝倉は立ち上がった。
「しかし直江、お前はどうも感情というものを表に出さない。」
「感情なんてものは、この仕事において足手まとい以外のなにものでもありません。」
「ふっ…その冷徹さが俺は気に入っているのだが、いまひとつお前の本心が計れないのがちょっとな。」
「そうですか。」
「そうだ。」
「特捜から転落した私を引き上げてくれたのはあなたです。」
「ほう。」
「その私を公安調査庁の人事を握る部署にとあなたはおっしゃった。あなたを信頼しない理由がありません。」
朝倉はニヤリと笑った。
「ただひとつ。私にも部長の本心が計れないところがあります。」
「なんだ。」
「私はまだ部長のお言葉しか頂いておりません。」
「…そうだな。」
「ここはひとつ長官の言質も頂きたいところです。」
「はっはっはっ!!」
朝倉は大声で笑い出した。
「貴様は思ったよりもしたたかなやつだな…いいだろう。」
「いつですか。」
「明日にでも長官との面会をセッティングする。」
ここで朝倉の携帯電話が震えた。
「ではご連絡お待ちしております。」
そう言うと直江は部長室から退出した。
「なんだ若林。」
「今もまだベッドでぐっすり寝ていますよ。そろそろ帰らないといけないんですが。」
「くくく…。」
「いやぁ40しざかりって本当なんですね。」
「そうか…。そんなにか。」
「ええ。ちょっとこっちが引くくらいでした。」
「はははは。この下衆男め。」
いつになく朝倉の表情が豊かである。
「部長。これは仕事です。」
「ああわかっている。からかってすまなかった。」
「こっちも必死なんですよ。何とかして奮い立たせないといけませんから。」
「ふふふ...今日のお前は愉快だな。自分の思い通りにアレを制御できるってのは俺にとって羨ましい限りだ。若さだな。」
「若さですか?」
「いや、特殊能力といったところか。」
「特殊能力?何のことですか?」
「…あ…いや…なんでもない。」
「お褒めの言葉として受け止めれば良いでしょうか。」
「ああ。最大級の褒め言葉だ。なんだこの下衆なやり取りは。ふふっ。」
「では旦那の方は部長のほうでよろしくお願いします。」
「ああ、慰めてやるよ。」
電話を切った朝倉は高らかに笑い出した。
「( ´,_ゝ`)クックック・・・( ´∀`)フハハハハ・・・(  ゚∀゚)ハァーハッハッハッハ!!」

仕事の上で急な異動というものは混乱をもたらす。それは橘においても同じであった。
部長職に突くことで日常の雑多な仕事から開放されるとおもいきや、彼の場合はそうはいかない。前任者である部長の小池田が急遽戦線から離脱することになり、独力で融資部長としての仕事を習得せねばならなかったためだ。もちろんかつての融資部長である常務の小堀からの指導もあったが、細かなことまでは彼の指示でどうこうなるものではない。正に暗中模索。橘は早く部長としての地位を確立させようと必死だった。
それも先日の山県の激励があってのものだった。

「あんたは期せずしてこのタイミングでこのポジションを射止めた。しかし地方銀行といえどもこのポジションに登ってくる人間はそれなりの実績と評価があってのもの。棚ぼただけじゃない。自信をもってこれから職務に励んでくれ。」65

ー俺の力が試されとる…。
橘は副部長として部長を補佐していた当時の自分の姿を思い浮かべて、想像力を働かせながら懸命に書類と向き合った。
しかし橘の負担はこれだけではなかった。自身の後任として副部長職に引き上げられた人間の育成も課せられていたのである。こちらは今まで自分がやっていた業務をそのままある程度の時間を掛けて後任に引き継げば丸く収まるのだが、彼の場合事情が違った。そう、金沢銀行における消費者ローンの不良債権問題である。

ーあの言葉は…。

「さすが佐竹のお眼鏡にかなう奴らや。早速システム的におかしな所がわかり出しとる。」65

ーHAJAB端末納入時に既に特定の債務者の源泉や所得証明のスキャンデータがランダムに書き換わるプログラムが入れられとったとこまでは分からんはずや。あいつらは所詮ドットメディカルの人間。たかがSE風情でそんな大元のプログラミングまで探れん。仮にそれができたとしてもその仕組を理解できるほどシステムに精通した人間はおらん。それを取り纏めることができるのは佐竹ぐらいや。その佐竹は幸い休暇中。あいつがおらんがやったら大したことはないやろう。次長の松任はそこまでの知識はないはずや。
「橘部長。あんたがHAJABを総務部に斡旋したことは俺は知っとる。」
「そのことをネタにあんたが疑わしいとか言っとる連中が行内に居るっていうのも俺の耳に入ってきとるわけや。」65
ーでも、山県部長は俺をフォローした。
「ほやけどな部長。そんなもんは関係のない話や。部長は部長でその時の最善を総務部に提案しただけ。採用を決定したのは当時の本部や。な。」65
ーけど…あの最後に言ったあのセリフは一体なんやったんや…。

「釣り上げるもんを間違えんなや。」

「部長。…部長?」
自分の名前を呼ぶ副部長の姿がそこにはあった。
「あ?ああ…。どうした。」
「あの…支店から源泉の写しそのものを添付した紙の稟議が上がってきたんですけど、これどう処理すればいいですか。」
「あ?何や?消費者ローンか?」
「はい。データで送れって言ったんですけど、原本に勝るもんは無いやろとか言って受理しろって云うんですよ。」
ー原本やとそれ書き換えれんから困るんやろいや。
「何言っとれんて規則は規則や。イメージデータ送るように言って突っ返せま。原本は事務管へ送れって言え。」
「でもですよ原本なんですからこれでいいんじゃないですか。」
「だら。そんな例外認めたら今度からそれOKになってしまうがいや。そんなことしとると紙媒体が増えてかなわんわ。」
「あぁ…確かに。」
「そもそも文書管理なんて意味わからん仕事に手ぇ割かれるのが嫌やからシステム入れ替えたがいや。文書は能登の山奥で倉庫。俺らはデータで仕事。駄目なもんは駄目や。」
「いいがいや橘部長。」
「え?」
振り返ると常務の小堀が立っていた。
「いいがいや。支店もノルマで躍起になっとらんや。そこは柔軟に対応してやれや。」
「え?しかし…。」
小堀は融資稟議を手にとってしげしげと眺めた。
「あーこれはあれや。」
「なんですか。」
「ほらこの担当者、今年入ったばっかりの新人や。」
そう言うと小堀は担当者印の箇所を指差して橘に見せた。
「なんかパッとせん男やったけど頑張っとらいや。」
「それがどうだと言うんですか。」
「新人やから大目に見てやれや。」
「駄目ですよ。支店の教育が行き届いていないからこんな凡ミスやるんでしょう。」
「まぁそう言わんと。支店は支店で新人の頑張りを本部にアピールしてやりたいんやって。何ならそいつここでスキャンして保存しといてやったらどうや。」
「でも規則です。」
「まぁそう固いこと言わんと。」
小堀は副部長から源泉の写しを取り上げて融資部の女性行員にそれをスキャンしてPDFにするよう命じた。
「ああっ。」
「規則規則言わんと、営業店の支援をするのも融資部の仕事やろ。PDFじゃなくて写しそのものをうっかり送ってきたってだけやろいや。そこら辺はちょっと気ぃ効かせてやれま。原本はそのまま事務管に渡せばそれで済むやろ。」
「…ですが、そういう例外を作ってしまうと今後同じ事例が出てくるとそれに融資部で対応せんといかんくなって、コストが増えます。」
「原本ね…。」
「え?聞いてますか常務。」
「あ?おう。いや…なに、そう言えばここ数年突合しとらんな。」
「え?」
「ほら、ドットメディカルのシステム入れてから原本は事務管理課で集中的に取りまとめて珠洲の山奥の倉庫に保管しとるやろ。」
「え…ええ。」
「融資部に上がってくるのはデータだけや。原本は人目につかん人里離れた倉庫にひっそりと眠っとる。あそこに仕舞われたら誰もそれをよう見ようとは言わん。」
「ええ…。」
「たまにはデータと原本の突合っちゅうもんもせんといかんかな。」
「え?」
「なるほど新人はいいヒントをくれた。ワシはちょっと山県部長と相談してくるわ。」
「ええ?」
「なぁ橘部長。規則ちゅうもんは時々メンテナンスしてやんといかんがや。壁が綻んできたら塗り直す。規則を作るのはワシら役員や。こいつを怠ったらワシらの存在意義は無くなってしまう。部長、あんたもそれに近いポジションに居るんやぞ。」
そう言って小堀は融資部を後にした。
彼の背中を見送った橘はそのまま自席に崩れ落ちるように座った。
「終わった…。」
「部長、どうします?この原本。事務管にそのまま渡してもいいですか?」
橘はこの問い掛けに応える気力を持ち合わせていない。彼はただ頷くだけであった。
矢先、彼の胸元が震えた。咄嗟に席を立った彼は気分がすぐれないと言って席を外した。
トイレの個室に入り、そこに座って深く息をついた彼は携帯電話を取り出した。先ほどのメールは相馬卓からのものであった。
「なんねんて...この切羽詰まった時にメールなんか送ってくんなや。」
こうぼやきながらも彼はそれを開封した。
本文には「片倉帰宅するも妻不在。妻は若い男と外出。片倉呆然とベランダで喫煙す。」とあった。
2枚の写真が添付されており。一枚はその様子を引きで撮ったもの。もう一つはひと目見て憔悴している様子が伝わる片倉の表情を寄りで抑えた画であった。
橘は何の反応も示さず、それを即座に転送した。
「はーっ…」
彼がため息を付いたと同時に再び携帯電話が震えた。今度は通常着信のようである。
「はい。」
「なんだなんだ。」
「...ご覧のとおりです。」
「こいつは決定的だな。」
「…そうですね。」
「どうした。声に元気が無いぞ橘。」
「あ...ええ…まぁ、ちょっと…。」
「なんだ、融資部長としての重責に押しつぶされそうになってんのか。」
「はは...慣れないもんで…。」
「どうだ順調にいってるか。」
「…。」
「おい。聞こえてるのか。」
「あ…はい。」
「どうなんだ。」
「大丈夫です。順調です。」
「そうか。」
「はい。」
「今日の報告は収穫だ。この礼は弾む。」
「…ありがとうございます。」
「そのうちお前も常務だよ。」
「…。」
「今までどおり上手くやってくれ。」
こう言って電話は切られた。直後、橘は床に跪き便器を覗き込んだ。そして逆流してきた胃液をそこに放出した。
「おえっ…! げぇっ…!」
橘の激しくえずく声をよそに、トイレでハンカチを加えて手を洗う厳しい表情の山県有恒の姿がそこにはあった。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

85 第八十二話



「花火はどうだった。鍋島。」
「あ?」
「お前が思ったような花火が見れたか。」
「…ああ。多分な。」
「はっ…多分…。こっちは思ったようなもんじゃなかったんだ。」
「そいつは残念だったな。」
電話の向こう側が沈黙した。
「ふっ…。」
「ここでもヘマしたか。」
「なに言ってんだ俺はあんたの指示通りにやった。結果これだ。今回の仕事で俺に非はない。」
「…代役を立てる。」
この言葉を受けて鍋島はため息をついた。
「…じゃあこれでおさらばだな。」
「…しかし…つくづく残念だ。」
「何言ってんだ。そっちから手切れだろ。言えた義理か。」
「不思議だな…。お前がこれからどう動くかなんて、俺は知りたくもないし知る必要もない。だが…。」
「なんだよ。」
「事ここに及んで、何故か躊躇う自分がいる。」
「はっ…なに言ってんだ。」
ハンドルを握る鍋島は失笑した。
「そんなセンチなこと言っても、あんたひとりの意志でどうこうなる話じゃないだろ。」
「…まあな。」
「まぁ…あんたにはさんざん世話になった。下間さん。あんただけには最後に礼を言わないとな。」
「礼?」
「ああ。人間苦境に立った時、結局は金なんだ。その金を融通してくれたのはどういう理由があれあんただ。」
「…。」
「友情とか、絆とか、連帯とか、繋がりとか人は口々にこう言う。その関係性は何者にも代えがたい尊いものだ、金に変えられるものじゃないとな。しかしどうだろう。人間は生まれながらにそんなに善良な生き物だろうか。」
「どうかな…。」
「いや違う。人間なんて生き物はそんな高尚なもんじゃない。当時俺はとにかく金が欲しかった。母親が故郷に帰ってからというもの、俺は爺さんと婆さんもろともここ日本に取り残された。爺さんも婆さんもカネがない。俺はまだ未成年のの坊やだ。そんな中で必要なのは一にも二にも金だ。何とかして食っていかないといけない。この状況下でで友情なんて何の役にも立たない。過去の絆なんてもんはこの日本において単なる障害でしか無い。連帯しようにももたざるもの同士が連帯して、生活が改善するはずもない。そこで生まれる繋がりなんてもんはクソだ。金が必要だったんだ。それが唯一の俺らに対する救済の方法だった。」
「…。」
「俺はとにかく金が欲しかった。それを用立ててくれたのは高校時代のあいつらじゃない。あんただ。」
「そうか…。」
「ああそうだ。金は世の中の大体の問題を解決してくれる。俺が北高で勉強をして剣道で高校総体で優勝出来たのも別にあいつらの存在があったからじゃない。あんたからの金の融通で、金に困ることが一応無くなったからそっちに力を向けることができた。」
「…今度はお前がいつになく雄弁だな。」
「生まれ育った環境が違えど自分らと同じ日本人。だからできるだけ支える。なんて甘美な言葉をあいつらは投げかけるが、それは俺には全く響かなかった。むしろそんな言葉を何の抵抗もなく言える人間の背景には、自分は金は出したくありませんというのが透けて見える。金は出さないが口は出す。まったく迷惑千万だったよ。俺はここにあいつらとの決定的な壁を感じた。」
「だが…一色はいじめに合うお前を身を挺してかばったと聞く。」
「ふっ…それも要はあいつが金を俺に払いたくなかっただけのこと。」
「…そんなもんだろうか。」
「そんなもんさ。口だけだよ。俺は別にいじめなんかなんとも思っていない。そんなもんだと思っていた。どこに行ってもそうだったからな。」
「そうか。」
「もしもあいつが本当に俺のことを思っているとしたら、金銭の提供という物理的救済の方法もとってしかるべきだと思わないか。」
「まあ…。」
「俺は一応あんたには世話になったと思ってる。だからあんたの指示は一通り聞いてきた。革命ってもんに疑問しか持っていないにも関わらず、あんたの言うとおり軍事関係の知識を習得し、然るべく時に少しでも力になろうとしてきた。」
「…そうだったな。」
「あのクソみたいな高校を卒業をして何年か経った時、どこでどう歯車が狂ったか村上が仁熊会と接点を持ち、俺に接してきた。俺は金こそが全て、残留孤児の経済的支援だけが問題の解決に繋がるとあいつに説いた。しかしあいつは、この期に及んで友情とか絆っていう俺が最も忌み嫌うもんを持って、経済的自立を支援する枠組みを作りたいとか馬鹿なことを言ってきやがった。あくまでも自分の力で立ち上がる。その手伝いをする枠組みを政治家になって作り上げたいとかな。」
「それは俺も人づてに聞いたことがある。」
「だからそうじゃねぇんだよ。現実を見てみろよ。スタートからハンデ背負ってる奴らになに期待してんだってんだ。マイナスをゼロするだけでも、とてつもないエネルギーが必要だってのに、それをさらにプラスにしろ?冗談じゃない。それに世の中不景気ときたもんだ。ハンデのないやつでさえ、サラリーマンやっていつ首が来られるか分からないってビクビクしている中で、経済的に底辺でもがき苦しんでいる人間がどうやって人生逆転できんだってんだ。」
今まで淡々としか話さなかった鍋島の言葉に感情がふんだんに盛り込まれていた。
「そりゃ失うものは何もないから何でもできるとかっていう考えはある。だがそこでしくじったらどうなるんだ?首つるしかねぇだろ。」
「確かにお前の言う通りだ。」
「現状を正しく認識することもできず、絆とか友情っていう無味乾燥な言葉を口にだす奴が俺は許せなかった。事実俺だってラッキーなだけだった。この妙な力のお陰で、あんたっていう人間から投資を引き出すことができたんだからな。これぐらいとんでもない能力でもない限りこの世界で普通に生きていくなんてありえない。だから俺は村上には現実を見て目を覚まして欲しかった。」
「投資か…。」
「村上はあまちゃんな事を言うが、一応俺にとっては残留孤児の待遇改善の一縷の望み。あいつには本当の救済を行ってくれる存在になってもらうように一応意図を汲んで行動した。本多の下でトントン拍子に出世して世の中を変える存在に一刻も早くなって欲しいという願いを込めてな。しかし赤松の親父の件があってあいつは変わった。」
「村上はお前に自首を促してきた。」
「ああ。だから俺はあいつを回収不能先と見て買収の方向で動いた。」
「それが特殊能力を使った、あいつの洗脳ってことか。」
内灘海岸に車を止めた鍋島はニット帽を脱ぎ、頭に浮かぶ汗を拭った。
「はぁ…つい感情的になってしまったな。」
「お前らしからぬ言葉だった。」
「あんたぐらいなんだよ。俺の本音をぶつけられたのは。」
「ぶつけられた…。か…。」
「まぁ代役を立てられるってことは、俺もそろそろ詰みってことか。」
下間は何も言わない。
「今までありがとよ下間さん。」
「鍋島…。」
「じゃあな。」
そう言って鍋島は電話を切った。
「さてと…。」
ニット帽をかぶり直した鍋島はタブレット端末を起動した。
ー佐竹と赤松は熨子山の墓地で警察と接触。警察は俺の動向を伺っている。
タブレットには店で勤務する久美子の姿が映しだされていた。
ーさて…あいつらはどう来るか…。こちらから動くのも良いが、できればあっちから動くほうが面白い。あいつらがどう考え、どういう手を打ってくるかを試すか。
彼は映しだされる久美子の姿を見ながら、自身の爪を噛み始めた。
ーここはひとつ久美子に慰めてもらって、あいつらの動きを見るか。
そう言うと鍋島はタブレットの電源を切り、車から降りた。そして彼は下間との連絡に使用していた携帯電話を眼前の日本海めがけて投げた。
「まぁ…俺は俺で楽しませてもらうさ。」
彼は辺りを見回した。一組の家族の姿が彼の目に映った。父親と思われる男が少年と一緒に海岸線をはしゃぎながら走る。それを浜にすわり微笑ましく眺める妻と思召しき女性。サングラスをかけているはずなのに、その姿は彼にとって眩く映った。
「あばよ。」
こう言って海を背にして車に乗り込んだ時である。声が聞こえた。
「ねえねえ!!」
「あ?」
窓の外を見ると先ほどの少年がこちらに向かって走って来ていた。
砂に足を取られながらも必死に走ってきた彼の手には投げ捨てたはずの携帯電話があった。
「これ、駄目やよ。」
「あ?」
「勝手に海に捨てたら駄目やよ。」
そう言って少年は塩水と砂でまみれた携帯電話を鍋島に差し出した。
「ほら見てま。」
少年は砂浜を指差した。そこには打ち上げられたゴミが散乱している光景があった。
「ゴミいっぱいになるの嫌やろ。ほやからちゃんと持って帰って。」
「あ…ああ…。」
「じゃあ、はい。」
少年は鍋島に携帯を受け取るよう催促した。
鍋島は止む無くそれを受け取った。
「ゴミ。無くそうね。」
「…そうだな…。」
「じゃあね。おじさん。」
「ああ…。」
少年は踵を返して遠くで心配そうな目で見つめる親の下へ走りだした。
「あ…おい!!」
「え?」
少年は振り返った。
「お前、これお父さんとお母さんに言われて来たのか?」
「ううん。違うよ。」
「じゃあなんで見ず知らずの俺にこんなこと注意したんだ。」
「だって嫌やもん。」
「嫌?」
「おじさんが悪い事するの見るの嫌やったもん。」
鍋島は呆然とした。
「ほんなら僕行ってもいいけ?」
「あ!!ちょっと待て!!」
車の後部座席を弄った鍋島は紙袋を取り出し、その場にかがみこんで少年と目線を合わせた。
「これお前にやるよ。」
「え?」
「いいか。中は開くなよ。黙ってそのままお父さんとお母さんに渡すんだ。」
「でも…知らん人からもの貰ったら駄目って言われとるげん。」
この少年の言葉に鍋島は口元を緩めた。
「これはものじゃない。投資っていうもんだ。だから大丈夫。」
「本当?」
「ああ。本当だ。それにあそこにお父さんもお母さんもいるだろ。俺は知らない人じゃない。」
「でも…。」
「いいから。」
少年は頷いた。
鍋島は少年の小さな頭を乱暴に撫でて車に乗り込んだ。
「どうやった惇。」
「ちゃんと携帯持って帰ったよ。」
「本当か…。お前、人に注意するのも良いんやけど、一応相手みてから行けよー。」
「だって駄目なもんは駄目ってちゃんと言わんといかんってお父さん言っとったがいね。」
「まぁ…。でも大丈夫やったか?サングラスして帽子被って何か怖い感じの人やったけど。」
「別になんともないよ。」
「あれ?惇。何もっとらん?」
「うん…。これ、あのおじさんがお父さんとお母さんに渡してくれって。」
「え…?」
紙袋を受け取った父親は不審そうにそれを眺めた。
「これ…何なん?」
「なんか、トウシとかって言っとったよ。」
「へ?トウシ?」
紙袋を開いた父親は思わずその場で尻餅をついた。
「どうしたん?」
母親が父の元に駆け寄った。
「こ…これ…。」
「え?」
袋の中を覗き込んだ母親もまた、その場に座り込んだ。
「ちょ…惇…これ何ねんて…。」
「え?知らんよ」
「これ…お金やがいや…。」
札束が5つ入った紙袋を抱え震えながら顔を上げた父親は、鍋島の姿を探した。しかし彼の車はこの場から既に消えていた。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

84 第八十一話



注意深くも俊敏に階段を昇りきった三好の目の前には倉庫があった。最近建設されたものらしくガルバリウム鋼板の外壁は真新しく、懐中電灯で照らすと銀色のそれは輝きを帯びていた。
ーこの中に予備電源がある。
彼は倉庫の入り口に手をかけた。鍵がかかっている。シャッターの方に周るもそれも施錠されている。
ー倉庫の裏はどうや。
三好は倉庫の外壁に背を合わせながら、その裏手に回ろうとした。その時である。マチ付きの封筒が倉庫に立てかけられるように放置されていることに気がついた。
ーえ?携帯?
懐中電灯が照らす先には、黒光りする折りたたみ型の携帯電話があった。その携帯は封筒にガムテープのようなもので巻きつけられている。瞬間、彼の背筋に冷たいものが流れた。
ーそう言えば…携帯電話を起爆装置にするマルバクがあるとか聞いたことがある…。
三好は唾を飲み込んだ。
ーまさか…C4か。
三好とその封筒の距離は5メートルも離れていない。仮にいまこの時点でそれが爆発すると彼は無傷ではいられないのは明らかだ。
ーコンドウどうのって次元の話じゃない。こいつをなんとかせんと…。
気が付くと彼は携帯電話を手にしていた。
ー辰巳さんに報告や。
彼は携帯の画面を見た。
ーいや待て。確か携帯の着信を起爆装置にしてマルバクを遠隔操作する方法があるとか聞いたことがある。となると俺のここで携帯で指示を仰ぐのははやめたほうが良い…。
三好は自分の携帯電話の電源を切り、それをしまった。
ーもし…あれが着信起爆を利用しているとしたら…。
三好の心臓は激しく脈打つ。
ーどうする…。
ー時間がない…。

鍋島から設置完了のメールを受け取った下間芳夫は時計を見た。時刻は19時11分である。雑踏の中にいる彼はおもむろに電話をかけた。
「Это установка завершена.(設置完了だ)」
「Это место, где пошел?奴はどこに)」
「Кажется, чтобы увидеть фейерверк на расстоянии.(遠くで花火を見るようだ)」
「Это довольно неторопливо(随分と悠長ですね)」
「Нет, я не очень.(いや、そうでもない。)」
「И сказать? (と言うと?)」
「Сатаке и Фурута говорят, что вы находитесь в контакте друг с другом.(佐竹と古田が接触している事を伝えた)」
「Как была реакция?(反応は?)」
「Введите держать спокойствие. Но реальное место, находится в уме не будет ли успокоить.(平静を保って入るが、実際のところ心中穏やかじゃないだろう)」
「Он будет работать, и если да.(ならば、奴は動くでしょうね)」
「Ну я.(ああ)」

「おーい。大丈夫かぁ。」
三好は振り向いた。先ほどやり取りをした警備員が階段を登ってきたようだ。
ーまずい…どうする…。
「何か気になってなぁ…ってお前…。」
額から滝のような汗を流し、身動きがとれない様子の三好が警備員の目に飛び込んだ。
「おい!!しっかりせいま!!」
警備員は三好に駆け寄った。
「なんや…凄い汗やがいや…。」
ーこの人を巻き込むわけにはいかん…。

「Ли видя фейерверк, доказательств того, что опасаются здесь.(花火を眺めるなんて嘘は、こちらの動きも警戒している証拠ですか。)」
「Bероятно(おそらく)」
「В, и в соответствии с графиком.(では予定通りに)」
「Это стало возможным устранить сожаления человек.(惜しい男を失くすことになるがな)」
下間は時計に目を落とした時刻は19時15分である。
「Тем не менее, Ли Что?(それにしても麗はどうした?)」
「Ах ... что-то, как это ни странно.(あぁ…なんか様子が変ですね。)」
「Но, конечно,(まさかだが)」
「Я также немного волновался.(僕もちょっと心配です)」
「Вот только парень ушел смущенно, план приходит с ума. Каким-то образом белый контроль. (ここであいつが浮足立ってしまったら、計画が狂ってくる。なんとか制御しろ)」
「Вероятно, не только занять еще устал. Не волнуйтесь.(おそらくまだ疲れがとれていないだけでしょう。心配はありませんよ)」
「Хотя я может, если …(それならば良いのだが…)」
「Dad'm порядке. Давай, пожалуйста.(大丈夫ですよお父さん。さあお願いします。)」

応援を要請すると言って無線機を手に取ろうとした警備員であったが、三好はそれを制止した。
「なんや。」
「大丈夫や。」
「何言っとるんや大丈夫なわけないやろう。」
「…大丈夫やって言っとるやろ。」
そう言って三好は息がかかるくらいの至近距離にある警備員の姿を改めて見た。全体的にダボッとしたシルエットの半袖制服姿であるが、警備員の肩から腕にかけての筋肉が異様に発達しているのが見て分かった。
「なんねん。何見とらんや。」
「お父さん。肩には自信ありますか…。」
「肩?」
「ええ。」
「お…おう…。こう見えても若いころはアメフトやっとったからな。」
「アメフト?」
「おいや。」
ーそうや。
三好は何かを閃いたようであった。彼は予備電源棟に立てかけられていたC4が入っていると思われる封筒を手にとって警備員に背を向けた。封筒を軽く押さえつけると中に粘土質のものが入っているのか、その形状が変わった。彼はそれを大胆に何度も押さえつけ、その形を楕円球状に変えた。
「おい…あんたどうしたんや。」
無言のまま背を向ける三好の様子に警備員は声をかけた。
「…お父さん。こいつ思いっきり遠くに投げれますか。」
「あ?」
「投げろ。」
「何やお前。」
突然の命令口調に気分を害したのか、警備員は彼に突っかかろうとした。しかし三好はそれを無視し、腰をかがめて封筒を自分の股の間から彼にスナップした。
それをキャッチした警備員は一瞬たじろいだ。
「いいから投げれま!!」
三好の気迫が彼を動かした。
警備員はすうっと息を吸い込んだ。
楕円球型になった封筒をパンっと軽く叩き、数歩後退しそれを右肩に担ぐように彼は振りかぶった。助走をつけた彼はあらんばかりの力を振り絞って手を振りぬき、それを己が手から解き放った。

時計の時刻が19時20分を示すと、下間は悠里との電話を切り呟いた。
「Есть начать вы.(はじめようか)」
こう言って彼はある電話番号に電話をかけた。

放物線を描いて敷地外の暗闇に吸い込まれたのと同時に爆発が起こった。
「え…。」
あっけにとられた警備員はその場に立ち尽くした。
「セーフ…。」
「は…?」
「うまいこと行った…。」
何が起こったのか未だ飲み込めていない警備員は、そのまま力なくそこに座り込んだ。
三好の無線機に辰巳から連絡が入った。
「大友さん!!大丈夫か!!」
「こちら大友。ブツの処理成功しました。」
「何の音や!?」
「起爆解除不可とみなし、物理的に破壊処理しました。」
「破壊処理…けが人は?」
「ありません。」
「施設への損傷は?」
「ありません。」
「よくやった。」
無線を切った三好は座り込んだ警備員に手を差し出した。
「なにが起こったんや…。」
「ご覧のとおり。」
「あ…あんた…こうなるの分かっとったんか…。」
警備員の身を起こして三好は笑みを浮かべた。
「ここで食い止めたのは、あなたのおかげですよ。」
「は?」
「ナイスプレーでした。」
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする