2016年04月25日

91 第八十八話



「見たぞ。なんだあの顔は。」
「そうでしょう。随分参っているようです。」
「そうみたいだな。」
「潮時じゃないですか。」
「…そうだな。こちらから動いてみるとするか。」
新幹線のホームに立って電話をする朝倉の姿があった。
「随分と騒がしい場所におられるんですね。」
「ああ。長官のお出迎えだ。」
「長官といえば例の件は。」
「順調だ。明日、あのお方が直接会ってくださることになった。」
「では明日、正式にこちらの陣営に加わるということで。」
「そう思っておいていい。」
「奴らも一色の親友である直江がこちら側の人間だってことは知る良しもないでしょうね。」
「大変だったんだぞ。今川。なにせ三年がかりだったんだ。」
「三年でここまでの浸透工作ができるのは、キャプテン以外にありませんよ。公安調査庁に行ってから間もなく次期長官と目される人間をオルグし、順当にその人物を長官にしたんですから。」
「これも波多野先生のお力添えによるところが大きい。俺ひとりの力では何も成し得なかった。」
「キャプテン。謙遜しなくてもいいですよ。」
朝倉は不敵な笑みを浮かべた。
「そんなことより今川。お前、調査されつくされてるぞ。」
「え?」
「俺の協力者がお前のことを調べあげてきた。」
「何者ですか。」
「残念ながら協力者の情報は誰にも言えない事になっているからな。」
「…。」
「俺が何を言いたいのか分かるか。」
「…。」
「先日の能登イチの件といい、県警の情報関係の不備といい、貴様の班は失態続きだ。」
「面目次第もありません。」
「能登イチは捜査本部が設置される。指紋情報の件については情報調査本部が設置される。ついでに鍋島が未だ始末されていないときたもんだ。」
「な、鍋島は…明日までに悠里が…。」
「一介の協力者が貴様のことを詳細に調べることができるくらい、貴様自身の情報管理が杜撰だってことだ。自分の情報管理も満足にできない人間に県警の情報の管理をさせるというのは、荷が重すぎたか。」
「以後…最新の注意を払います。」
「以後?以後とは何だ。」
「あ…これからということです…。」
「これから?」
「はい…。」
「では今までの失態にどうけじめをつけると言うんだ。」
「それは…。」
「ふっ…案外、貴様はお人好しのようだな。」
「え…。」
「蜥蜴になれ。」
「蜥蜴…。」
「蜥蜴の見本はいま喋っている電話の先の人間だ。」
「尻尾を切る…。」
「情報漏洩を防ぐ最上の方法だと思わないか。」
「…粛清ですか。」
「違う。総括だ。」
「総括…。」
「執行部は混乱を待ち望んでいる。」
「…。」
「予定通り事を運べ。」
電話を切った朝倉は舌打ちした。そして時計に目を落とす。
「あと五分か。」
そう言うと彼は再び電話をかけた。
「やれ。」

情報調査本部を十河に一任した土岐は警備部長室にいた。
「はい。そうです。…ええ。はい。それではそのように。」
携帯電話を切った土岐は腕を組んで天井を仰ぎ見た。
内線電話が鳴ったため、彼はそれに出た。
「なんだ。」
「あの…部長に奥様からお電話です。」
「はぁ?」
「なんでも急ぎで連絡をとりたいとのことでして。」
土岐は頭抱えた。
ー仕事中は電話を掛けてくるなってあれだけ言ったのに…。
「ちょっとこちらも対応できないぐらい取り乱してらっしゃったので。」
「取り乱す?」
「ええ。」
「はぁ…わかった。繋いでくれ。」
電話がつながれる数秒の間、土岐は深呼吸をした。
「おい。仕事中は電話を掛けてくるなって言っただろ。」
「あなた…大変よ…。」
電話口の妻は土岐の発言を無視して、それにかぶせるようにか細い声を出した。
「…おい…なんだよ。」
「弘和が…。」
「弘和?弘和がどうした。」
「弘和が警察に捕まったの…。」
「なに?」
思わず土岐は立ち上がった。弘和とは土岐の息子の名前である。
「おい…どういうことだ。」
「なんでも人を怪我させたとか…。」
「怪我?まさか…傷害か?」
「ええ。」
土岐は頭を抱えた。
「相手は。」
「全治2週間ですって。」
「何があったんだ。」
「喧嘩らしいの。」
「喧嘩…。」
「いつもより帰りが遅いって思ってたら突然警察から電話がかかってきたの。そうしたら息子さんを逮捕拘束していますって。」
「逮捕されたのはいつの話だ。」
「今日の昼らしいの。」
「昼って具体的に何時だ。」
「確か11時半とか言ってたような。」
土岐は指折り数えた。傷害で逮捕拘束されると警察で取り調べが行われ、48時間以内に検察へ送致される。
「ねぇどうすればいいの。あなた。」
「…いまは何もできない。」
「何もできないって何なのよ!!あなた警察官でしょ!!息子のことぐらい何とかできないの!?」
「何言ってるんだ…何もできるわけ無いだろう…。逮捕拘束中は身内すら連絡とることはできない。」
「あなたのせいよ。」
「なに?」
「あなた、仕事仕事って言って家留守にしっぱなしで、弘和のこと何にも見てなかったからよ。」
「…。」
「いざって時に何にもできないんだったら、あなたただのおっさんじゃないの。なによ、いつもメシ、風呂、寝るって…馬鹿みたい…。未だに昭和の親父気取ってんじゃないわよ。家じゃ偉そうな顔して、職場じゃなにひとつ家族のためのことも出来やしない。役立たず。」
そう言うと土岐の妻は一方的に電話を切った。
「役立たず…。か…。」
再び内線が鳴った。
「なんだ。」
「公安調査庁から部長にお電話です。」
「公安調査庁?」
「どうします。」
「…繋げ。」
そう言って土岐は電話をスピーカモードにした。
「はいっ。お電話代わりました。」
「大変だな。土岐部長。」
「その声は…。朝倉部長。既にご存知でしたか…。」
「あぁ息子さんは都内のM署で身柄を抑えられている。」
「M署ですか…。」
「所轄にはお前の奥方からしょっちゅう電話がかかってきて、対応に苦慮しているそうだ。」
「いろいろと面倒をお掛けしています。」
「お前も警察官なんだ。奥方に逮捕後の流れをちゃんと教えてやれ。現場がひぃひぃ言ってる。」
「返す言葉もありません。」
「取り調べはすんなり終わって、時期に検察へ送られる。これが現状だ。」
「…。」
「県警は能登イチの事件でてんやわんや。その中であろうことか県警本部の部長職の息子が傷害事件。これは泣きっ面に蜂ってとこか。」
土岐は何も言えない。
「俺が本部長なら、事が明るみになる前にさっさと貴様を処分する。」
土岐の首筋に冷たい汗が流れた。
「しかしそれはあくまでも俺が県警の本部長だったらという仮定に基づくもの。」
「…と…いいますと。」
「外から警察を見ると対応の方法が他にもあることに気がつく。」
「え…?」
「俺にはパイプがある。」
「そ、それは存じあげております…。」
「パイプは使ってなんぼと思わないか。土岐。」
「あ…はい…。」
「貴様の息子を救う方法が俺にはある。」
「ほ…本当ですか…。」
「ああ。」
「…どうか…部長…お助け下さい…。」
「もちろんだ。日頃、公安畑で連携している中じゃないか。」
「あ…あ…ありがとうございます!!」
「しかし、タダというわけにはいかんな。」
「え…?」
「一旦、検察に送致された人間を何事もなかったかのように釈放するのは至難の業ということは、貴様がよく知っているだろう。」
「…金ですか…。」
「いや。金は必要ない。」
「じゃあなんですか…。」
「誠意だ。」
「誠意?」
「貴様の誠意で息子は何事も無く釈放される。」
「…私に何をお求めで…。」
「誠意を見せられるか。」
「…私に出来る事ならなんでも。」
「そうか…ならば俺がお前の誠意を信じるに足るものを今この場で見せろ。」
「誠意の証明…。」
「そうだ。覚悟を見せろ。」
土岐は考えた。電話口の朝倉に誠意を見せろと言われて何をどうすればそれが伝わるのか分からない。
「どうすればそれが俺に伝わるか。」
「部長。私は本気です。ですが正直、部長に何をどうすればいいか分かりません。」
「…よろしい。正直で良い回答だ。では貴様の携帯のテレビ電話機能を起動しろ。」
「はっ、はい。」
土岐は朝倉に言われたとおり携帯電話を手にした。しばらくしてそこに不明な電話番号から着信が入った。彼はすぐさまそれに出た。
「貴様の携帯の画面はブラックアウトしているだろう。」
「あ…はい。」
「貴様にはこちらの様子は分からんが、こちらは貴様の様子がわかる。そのまま携帯をもって自分を映しながら壁側に移動しろ。」
「はい。」
土岐はぎこちない動きで移動した。
「そこに掲げてある日の丸を床に置け。」
「え?」
壁には日章旗が貼り付けられている。
「こ…これですか?」
「そうだ。それしかないだろう。」
土岐は旗を床に置いて広げた。
「それを踏みつけろ。」
「え…。」
「その中心を貴様の足で踏みつけろ。」
「そ…それは…。」
「それは?覚悟は?」
「部長…どうして…。」
「あぁそうか。やっぱり貴様は嘘をついていたのか。」
「ぶ、部長…。」
「じゃあこれで貴様の家はおしまいだな。」
「あ!待って!」
「待てない。」
「やります!やります!」
「じゅう、きゅう、はち…。」
朝倉の一方的なカウントダウンが始まった。土岐は身体を震わせながら靴を脱ごうとした。
「駄目だ。そのまま行け。貴様は日の丸に忠誠を誓うんじゃない。俺に誓うんだ。」
「そ…そんな…無慈悲な…。」
「なな、ろく、ご。」
土岐はかたかたと震える足を何とか上げて旗の上に乗った。
「中心だぞ。」
念を押すように言われたこの言葉を受けて、土岐は歯を食いしばった。
「よん…さん…に…。」
土岐は旗の中心に立った。
「…貴様の覚悟の程しかと見届けた。証拠としてスクリーンショットも抑えさせてもらった。」
土岐はそのままそこに力なく崩れ落ちた。
「おいおいそんなことで力尽きるな。これからが貴様の誠意の見せ所だ。」
「…。」
「情報調査本部のターゲットをドットメディカルに絞れ。」
「え?」
「ドットメディカルによる不正なシステムプログラムが原因だ。そういうことで処理しろ。」
「…と…言いますと…。」
「ドットメディカルにガサを入れろ。そうすれば息子は無事釈放され、おまけに貴様は出世する。」
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2016年04月18日

90 第八十七話



バスから降りた相馬周は携帯の時計を見た。時刻は16時半である。5限目の講義が急遽休講となったため、この時間での帰宅となったのである。
「やっぱやめよう。」
こう言って彼は携帯電話をしまった。
ー昨日の今日で、長谷部と岩崎さんにあれからどうや?ってメールとか送るんは、やっぱなんかわざとらしいわ。2人くっつけるんにこっちのほうががっぱになって、何か変に勘ぐられたら不味いしな…。
ポケットに手を突っ込んで地面に目を落としながら、彼はトボトボと歩いた。
ーこんなんで良いんかな…。
ふと相馬の脳裏に一色の姿が浮かんだ。防具姿の一色はこちらに竹刀の切っ先を向け、中段に構えている。面を装着しているため、彼の表情の詳細は窺い知れない。相馬がふと気を抜いた瞬間、一色の竹刀の剣先は巨大な面となって彼に襲いかかった。僅か数センチしか無い剣先がとてつもなく大きな壁のように。
「メーン!!」
相馬はなすすべなく面を一本取られた。
「どうした。何ぼーっとしている。」
「あ…すいません…。」
「なんで謝るんだ。」
「あ…。」
「自分に非がないのに反射的に謝る言葉を発するのは良くないよ。」
「…はい。」
「いま君は気を抜いた。そこを俺に突かれた。真剣勝負に気を抜いてしまったって事を反省して、改善すればいいだけだ。」
「ちょっと休むか。」
「はい。」
一色の言葉に相馬は休憩の号令をかけた。
「やめーっ。」
部員たちは皆、動きを止めてお互いが構え、蹲踞、納刀の一連の動作をし、所定の場所へ走って正座し面を脱いだ。
相馬はその中で最も早く面を脱いで一目散に一色の元へ駆け寄った。
面を外した一色の顔には玉のように吹き出した汗があった。彼はそれを面タオルで拭って大きく深呼吸した。
「ありがとうございました。」
両手を着いて相馬は一色に礼をした。
それに数秒遅れて女子剣道部の部長である片倉京子が相馬の横に正座して同じく頭を下げた。
2人に応じるように一色も手をついて礼をした。
「県体で準優勝した一色さんの率直な感想を聞かせてください。」
「何の?」
「俺らの実力です。」
一色は腕を組んだ。
「僕には君らを評価することはできない。」
「え?」
「なぜかというと、僕には今の高校生の剣道の勢力図とか実力とかのデータがないから。」
「あ…。」
「じゃあ実際に稽古してみて一色さんが思ったことでいいです。」
京子が口を挟んだ。
「うーん。」
一色は腕を組んだまま考えこんだ。この間ものの数秒であったが、相馬と京子にとって成績発表をされるようで数分の事のように感じられた。
「いいんじゃない?」
「え?」
2人は拍子抜けした。
「良いと思うよ。気合も入ってるし、足も動いてるし、剣さばきもいい。」
「本当ですか?」
「ああ。個々人が良い動きしてると思うよ。」
「ありがとうございます。」
「でも。」
「え?でも?」
「敢えて言うとすれば、形が弱いかな。」
「え?形ですか?」
「うん。」
剣道には一般的に知られる竹刀稽古と併せて体得を求められる剣道形というものがある。これは稽古の際には竹刀ではなく木刀を使用し、礼法、目付、構え、姿勢、呼吸、太刀筋、間合、気位、足さばき、残心等の習得を目指すものである。竹刀稽古がスポーツ的であるのに対して、剣道形は武道としての側面が強い。https://ja.wikipedia.org/wiki/日本剣道形
「でもそれって実戦に役に立つんでしょうか。」
「確かに昇段試験とかで付け焼き刃な演舞をする程度だと何の役にも立たない。」
「じゃあ。」
「ひとくちに形って言ってもいろんな捉え方がある。その諸々をここで議論するのは不毛だ。ここでは僕は攻め方、守り方の形として考えてみよう。それをもっと成熟させれば更に良くなると思う。」
「すいません。ちょっと一色さんの言っとることが難しくて分かりません。」
「ああすまない。簡単に言うよ。ひとそれぞれその攻め方、守り方がある。」
「はい。」
「先の先ってのもあるし後の先ってのもある。」
「はい。」
「ただそれだけだと漠然としてる。仮に先の先が得意だったとしたらそれを細かく分解して考えるんだ。」
「と言うと?」
「例えば、自分は面が得意だとしよう。その面が得意っていうことも細かく分解するんだ。一足一刀の間合いで中心線をとり合う中、ジリジリと間合いを詰めて、この間合なら誰よりも早く打突できるって具合に得意だって。で、そこで相手の気の緩みを掴んで飛び込むっていうのが自分の必勝法だって。」
「なるほど。」
「となるとそういう人の場合は、今言った自分の必勝パターンに近い状況を多く作り出せば勝つ確率は高くなる。」
「はい。」
「要は必勝の形を作っておいたほうが、攻め方が合理的になるって感じ。」
「じゃあ僕はどういう形をつくればいいんでしょうか。」
「え?」
「僕は出鼻小手が得意です。」
「…それは自分自身で考えな。」
「そんな…。」
「それが練習だよ。みんなで考えて解を導き出したら良い。」
「すいません。一色さん。」
京子が質問した。
「その必勝の形に相手をおびき寄せたり、試合の主導権を握れば合理的ってことですよね。」
「ああ。」
「でもそれができん時はどうすればいいんですか?」
相馬はなるほどと京子の言に頷いた。
「…それは勘がモノを言う。」
「勘…ですか?」
「ああ。それは反射神経以外のなにものでもない。」
「じゃあその反射神経を鍛えるにはどうすれば?」
「それは簡単さ。かかり稽古をひたすらやるしかない。」
「かかり…。」
京子のげんなりとした表情を見て、一色は口元を緩めた。
「いやだろう。」
「…はい。」
「おれも嫌だよ。辛いだけだしね。こんなシゴキなんかなんの役に立つんだって僕も昔思っていた。でもその形が突破されてしまって、いざって時にこいつが効くんだよ。」
「いざですか…。」
「まぁそうならないのが良いんだけどね。」
熨子山事件の半年前に一色と稽古をした時のことを思い出していた相馬の目の前に玄関扉が立ちはだかった。いつの間にか自宅にたどり着いていたようである。
「あれ?」
扉に手をやると鍵がかかっていた。
ーえ?今日どっか行くって母さん言っとったっけ?
相馬はしぶしぶポケットから鍵を取り出して扉を開け、中に入った。
リビングのドアを開くと、窓という窓の遮光カーテンが閉められている。暗い部屋の電気をつけるとテーブルの上に一枚の紙が置いてあることに気がついた。

お父さんとお母さんは結婚記念旅行に行きます。しばらく家を頼みます。( ^ω^ )

「はぁ!?」
思わず大きな声を上げた相馬は、呆然とその場に立ち尽くした。
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2016年04月11日

89 第八十六話



「鍋島現認!?」
冨樫と神谷が詰める部屋。その六畳間で横になっていた片倉は飛び起きた。2人はこの片倉の言葉を受けて表情を強張らせた。片倉は通話内容を2人と共有するためにそれをスピーカモードに切り替えた。
「おう。ついさっき岡田から連絡が入った。藤堂らしき男が山県の家にふらりと現れたらしい。」
「で。」
「家の近くで携帯で山県んちに電話して、中に誰がおるか探ってそのまま姿を消した。」
「どんな格好しとるんや。」
「全身黒尽くめ。頭にはニット帽。んで丸サングラス。」
「丸サングラス…。」
「サングラスで顔の様子がよく判別できんかったけど、口元が金沢銀行にあった藤堂の写真と似とったらしい。」
「丸サングラスは鍋島のシンボル的なアイテムや。」
パソコンを操作した冨樫はディスプレイに熨子山事件当時使用された鍋島の顔写真を表示させた。その写真も丸のサングラスをかけている。
「ああ。」
「奴はいまどこにおる。」
「わからん。」
「は!?」
「ほやけどあいつはあれに気がついたってことや。」
「久美子の店のカメラか。」
「おう。あそこに設置されたカメラは過去の映像を垂れ流しするだけのもんやってことに。」
「ちゅうことはあれか。相馬卓がこっちのエスやってことも。」
「おうさっきバレたと思われる。」
「よし。土岐部長に言ってキンパイをかける。」
「まて。」
「あ?」
「県警は動かすな。」
「なんでや。」
「今は昨日の原発事件で人員が割かれとる。」
「でもあの事件のホシは鍋島や。狙う相手はおんなじや。」
「ほうや。ほやけどそれに集中してしまうとあっちが手薄になる。」
「あっち…。下間らか…。」
「おう。もしもこの鍋島の登場が警察の捜査の撹乱を狙うあいつらの企てやったらどうする?」
「それは不味い。」
「ただでさえコンドウサトミとか藤堂豪とか鍋島惇っちゅう人間がごっちゃになっとるんや。そこで鍋島のキンパイなんかかけてみぃや。現場は混乱する。」
神谷は警察無線の音量を上げた。
「本部こちら羽咋北署。コンドウサトミに関する情報は今のところなし。」
「えー金沢銀行周辺の聞き込みで藤堂に関する情報なし。」
無線の中にコンドウと藤堂の名前が入り乱れている。
「ほやから目下の鍋島はこっちサイドでなんとかした方がいいと思うんや。むしろ。」
「…相馬卓が危ないか。」
「おう。」
「鍋島には得体の知れん特殊能力があっしな…。」
「あんなもん使われたら、相馬につけとる警備の人間なんか赤子の手をひねるようなもんや。」
「わかった。トシさん。あんたは何かうまいことやってあいつらをこっちに匿ってやってくれ。」
「わかった。」
「相馬を匿う場所はこっちで何とかする。」
電話を切った片倉はそれを手にとって再度電話をかけた。
「片倉です。」
「どうした。」
「鍋島が尻尾を出しました。」
「…来たか。」
「imagawaはこのまま捜査継続。現場の混乱を防ぐためにもキンパイはしません。」
「わかった。良い判断だ。」
「われわれimagawaプロパーでなんとかやります。」
「頼む。」
「ついては理事官にお願いが。」
「なんだ。」
「相馬周をお願いします。」
「名うてのSPを既に派遣している。片倉。」
「はっ。」
「心配するな。京子にも付けてある。」
「あ…。」
「お前の娘にもしものことがあったら、俺は確実にお前に殺される。」
「あ…その…。」
「家族の心配はするな。お前は捜査に専念しろ。」
「ありがたいお言葉です。」
「いいか片倉。これは雪辱戦でもある。ミスは許されない。例の件は明日、執行する手はずとなった。」
「いよいよですか。」
「ああ。」

玄関のドアが開かれたのを察知し相馬尚美は部屋を出た。玄関には靴を脱ぐ卓の姿があった。
「どうしたのこんな時間に。」
「あぁ…。」
「体調でもわるいの?」
尚美は心配そうな顔をして卓の額に手をやった。
「熱は無いみたいだけど。」
「尚美。」
玄関に腰を掛けたまま卓は言った。
「しばらくこの家、留守にしよう。」
「え?」
「のっぴきならん事態が発生したんや。」
「なに?それ。」
「村上さんの関係のことや。」
「村上さん?…村上さんってあの村上さんのこと?」
「ああ。お前も覚えとるやろ。あの人が眠っとる墓に行った時のこと。」
「ええ。」
「あれは2年前の盆の時期やった。」

2年前 7月15日
熨子山墓地公園で相馬家の盆の墓参りを済ませた卓と尚美は、道具一式を抱えて無縁墓地の前に立った。そして2人はそこにしゃがんで静かに手を合わせた。
「相馬卓さんと尚美さんですね。」
突然自分の名前を呼ばれた2人は振り返った。そこには髪を短く刈り込んだ強面の男が立っていた。
「ここには村上隆二さんが眠っとる。そのこと誰に聞いたんですか。」
「あんた誰や。いきなり何なんや。」
「あぁ申し遅れました。わたくし藤木といいます。ワシも村上さんには生前世話になった口でしてね。」
「え…?」
「あぁでもワシは残留孤児じゃありません。個人的に繋がりがあって、ここには参らせてもらっとるんです。」
「なんで俺らの名前と俺の出自を?」
「…ねぇあなた。この人ちょっと気持ち悪いわ。」
尚美は卓に耳打ちした。
「生前、村上さんからあなたのことは聞かされとりました。」
「村上さんから?」
「ええ。あの人が支援する残留孤児らの中で、定職につき結婚もし、家を建て、子供を大学まで出しとる成功事例のひとつとしてね。」
「…んで、あんたは村上さんとどういう関係が?」
「ワシはちょっとあることがきっかけでね、切っても切れん関係になったんですわ。その詳しいことはここでは言えません。」
「はぁ。」
「ところで相馬さん。ワシの質問に答えてくれませんか。」
「え?なんでしたっけ。」
「ここに村上さんが眠っとるって言うこと誰に聞いたんですか。」
「え…橘さんです。」
「橘さん?」
「ええ。知り合いの橘って人からです。」
「え?そのひとと村上さんって何か特別な関係でも?」
「いえ。その人はただの私の友人です。」
「ただの友人がどうして村上さんの事知っとるがですか。」
「橘さんがある人から教えてもらったらしいんです。」
「或る人?」
「ええ。」
「誰ですか。」
「コンドウさんです。」
「はい?」
「コンドウサトミさんです。」
「コンドウサトミ?」
「ええ。」
「あ…あぁそうですか。その方が…。」
藤木は黙って無縁仏の墓をしばらく見つめた。
「相馬さん。ワシは村上さんが本当にあんな事したってなかなか思えんがですよ。」
「それは私もです。」
「きっとなんかの間違いや。」
「私もそう思います。」
「百歩譲って仮に本当に村上さんがあの事件の犯人やったとしても、ワシは村上さんを病院で殺した人間が許せん。」
「同じく。」
「ワシは村上さんの仇をとりたいと思っとるがですよ。」
「仇を取る?」
「ええ。村上さんが人を殺したかどうかはどうでもいい。ワシはあのひとを殺した人間をこの手で捕まえる。」
「でも…。」
「ワシは村上さんを殺した人間を知っとる。」
「え?」
「相馬さん。あんたワシに力貸してくれんけ。」
卓は尚美を見た。彼女は困惑した様子である。
「ちょ藤木さん。いまあんたが言っとることってあんたがやることじゃなくて警察がやることじゃないが?」
「ほうや。ほやけど警察ばっかり当てにできっかいや。現に警察に保護されとった村上さんが殺されたんや。ひょっとすっとあん中にもややこしい奴が居るかもしれん。」
「でもどうやって…。」
「それはあんたがこの話にのってくれるんやったら話す。」
尚美は頷いている。
「…わかった。」

「いまその藤木さんが外に居る。」
「え?」
「あれから2年経って、村上さんの件に急展開があったんや。」
「やっと…。」
「でもまだ全然喜べん状況なんや。ある人間が俺を狙っとる。ひょっとするとお前まで巻き添えを食うかもしれん。ほやから家空けて一緒に藤木さんに匿ってもらうんや。」
「でも…そんな…急に。それに周はどうするん。」
「周は心配ない。周はこの家で大丈夫や。」
「相馬さん。早く。」
玄関の扉を開いた藤木は卓を急かした。
「でも…周は…。」
「奥さん。息子さんには指一本触れさせんように手をうってある。いまは奥さんと卓さんが心配なんや。さあ早く。」
尚美と卓は藤木に言われるがまま、必要最低限のものを鞄に放り込んで慌てて自宅を飛び出した。
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2016年04月04日

88 第八十五話



金沢駅近くのビジネスホテルにチェックインした鍋島はシャワーを浴びていた。
備え付けのボディソープを手で泡立て、彼は全身にそれを塗りたぐった。そしてそのまま両手を頭に持って行き、髪の毛ひとつない頭にもそれを塗って手早く流水で流した。
ものの5分程度で全身を浄めおわった彼はバスタオルで全身を拭きあげ、鏡に写る自分の姿を見た。
「相変わらず汚ねぇ身体だな。」
何で負ったものかは分からないが、彼の上半身のそこかしこに大小無数の傷跡があった。鍋島はその中でも腕にある傷跡に目を落とし、それをゆっくりと指でなぞった。
「久美子…。感じるよ、お前を…。」
そう言うと彼は恍惚とした表情になった。
彼は覗きこむように鏡に映る自分の顔を見た。
「あのころの俺とは似ても似つかぬ顔だ。そして髪の毛もない。いまの俺を見てあいつは俺を思い出すかな。」
鍋島は耳から顎にかけてを指でなぞる。
「俺には顔の感覚さえないんだよ。俺でさえこの鏡に映る人間が誰だか分からない時がある。」
タブレット端末を手にした彼はそこに映る久美子の姿を見つめた。
「でも…あいつのカラダは覚えてるか。」
そう言って鍋島は不敵な笑みを浮かべた。
「頼むよ…俺の傷を癒やしてくれ。久美子。」
映像の久美子は店員と何かの会話をしてた。時折腕時計に目を落とし、なにやら時間を気にしているようだ。
タブレットが示す時刻は14時である。
「なんだ。何やってんだ。」
画面の中の久美子は両手を合わせて別の店員に何かを頼んでいる。一旦画面から消え、再びそこに映る彼女の手にはバッグが握りしめられていた。
「外にでも出るのか。こいつは好都合だ。」
ビルの閉店時刻には関係者を送迎する車でこのあたりは混雑する。それに久美子の通勤には父の送迎が付いている。この2つの状況が重なるとさすがの鍋島も大胆な行動には出にくい。しかしこのタイミングで久美子が外出となると、彼女との接触は俄然容易となる。鍋島は即座に黒尽くめの服をまとって部屋を出た。
外は茹だるような暑さであった。通りを行き交う人間は皆、半袖姿。その中で全身黒でニットキャップの鍋島の姿はその場から浮きそうなものだが、何故か彼の存在に目を留めるものはいなかった。それもファッションビルの側という個性的な服装をした人種の坩堝ということが要因なのだろうか。鍋島はビル側の物陰に身をおいて、腕時計に目を落とし誰かを待つ素振りを見せながら、職員通用口から久美子が現れるのを待った。
しかし待てど暮らせど彼女の姿が見えない。
ーなんだ?何故出てこない。
ポケットからスマートフォンを取り出して、先ほど部屋で見ていた久美子の店を俯瞰で抑える映像に目を落とす。そこには彼女の姿はない。
ーふっ、俺としたことが先走っちまったか。鞄抱えてるからって外に出るとは限らないよな。遅めの昼ってところか。
スーツ姿の男がふたりビルの通用口から出てきた。
「あー今日はもうやめ。」
「え?」
「やめやめ。今日はもうやめ。」
「先輩。こんなこともありますよ。」
「だら。こっちはこの日のために提案書作って来てんぞ。それなんにいざ商談っていうげんに今日一日休みやってなんねんて。」
「仕方ないじゃないですか。先方が体壊したらどうにもなりませんよ。」
「んなこと言ってもなぁ、一報くれても良くないけ?」
「まぁ…。」
「そりゃ人それぞれ突発的に何かあるわいや。けど社会人として予定キャンセルする時はそれで連絡くらいくれんと。」
「先輩いいじゃないですか。また会えるんやし。」
「あ?」
「ほら、山県店長って美人でしょ。俺タイプなんスよ。」
「まぁね…。確かにね。」
「またアポとって行きましょうよ。ね。」
ー今日は休み…だと…?
「くそー美人って得やなぁ。」
「お詫びにお茶でもどうですかとか…。んなことあり得ないっすよね。」
ーじゃああの映像はなんなんだ…。
鍋島は再びスマートフォンに目を落とした。
ーまさか…。
「あり得んやろ。」
「そうっすよね。」
「でもあんな綺麗な嫁さんが家におったらなぁ。」
「俺やったら会社休んで看病しますよ。」
「じゃあ俺も。」

「あん?何言っとれんて。仕事やわいや。あ?北署から連絡あった?…何やって…。おう。ほうやろ。それ以上何も言わんやろ。そうやってあいつら俺が仕事サボって家に帰ったりしとらんか探っとれんて。おう。まぁ確かに…そんな電話なんか今まで一回もなかったけどな。まぁ何かと締め付けがきつくなっとれんて。警官の不祥事とかあるがいや。」
車の中で電話をする岡田の姿があった。
「まさかお前、俺が仕事行くふりして実はいつの間にか警察辞めてましたみたいなこと疑っとるんか?んなことねぇから心配すんなって。」
電話を切った岡田はため息をついた。
「実質辞めたも同然ねんけどな…。」
運転席を倒して彼は天井を見つめた。

今回の件においてはかつてない秘匿性が要求されとる。ほやからお前との直接的な接触も基本的にできんがや。んでもちろん捜査の全体像も協力者全員に明らかにすることができん。限られた人間による隠密捜査や。とてつもないでけぇヤマなんや。頼むぞ。

「でかいヤマね…。若林に啖呵きって出てきた俺にとっては、このヤマ凌いでも手柄にはならんしな…。」
身体を横に倒して彼は窓の外を眺めた。
「実際のところ、この先、俺どうやって食っていけばいいげんろ。やっぱ警備員ぐらいしか仕事ってないんかな…。」
その時である。岡田は動きを止めた。
「なんやあいつ。」
彼の目にはある人物の後ろ姿が捕捉されていた。

久美子の身の安全は、今回の戦いにおいて最重要課題なんや。

「え?」
とっさに岡田は写真を取り出した。金沢銀行で入手した経営企画部長藤堂豪の顔写真である。痩せこけた頬と切れ長の目が印象的な男だ。だがいま目の前に見える男にそれらの特徴を見出すのは困難である。何故なら彼はサングラスをかけているためだ。続いて岡田は写真の藤堂の口元を見た。どちらかというとちょっと前に突き出るような形で、唇はすこし厚みがある。彼はその特徴を目の前にいる男のものと照合するため、オペラグラスを手にしてそれを覗き込んだ。そしてそこで岡田は息を呑んだ。
ーまさか…。
再び手元の写真に目を落とし、前方の男の口元と照らし合わせる。
ー似とる…。形が似とる…。
岡田は戦慄した。
ーまさか…あれが藤堂…。
男の動きに不審な点はない。思わず目が行くのはその季節感を度外視した黒尽くめの出で立ちと、ニットキャップ姿である。それさえ目を瞑ってしまえば彼は単なるいち通行人。そう周囲の人間は思うだろう。男は携帯電話を手にし、通話口を手で覆った。すると山県邸の中から三回の呼び出し音が聞こえた。おそらく目の前にいるこの男が久美子本人が家にいるかどうかを確認するために電話をかけたのだろう。その後男は何かを話して直ぐに電話を切り、その場から姿を消した。その様子を確認して、岡田は携帯電話を手にした。
「おう。どうした岡田。」
「とりあえず誰に報告していいか分からんので古田さんに電話しました。」
「マスターから聞いたんか。」
「ええ。」
「で、なんや。」
「藤堂と思われる奴が山県の家の前に。」
「…とうとう出てきたか。」
「ただ本人かどうかは分かりません。」
「…どんな格好しとる。」
「黒のブルゾン、黒のパンツ。頭にはニット帽。丸型のサングラス。」
「丸型のサングラス…。」
「はい。」
「偉い目立つ格好やな。」
「ええ。」
「奴は。」
「家の中に人がおらんかだけ確認して、そのまま立ち去りました。」
「他には。」
「何も。」
「よし。」
「え?」
「岡田。ご苦労さんやった。このままお前は久美子に付いとってくれ。」
「え?それだけでいいんですか。」
「ああ。」
「古田さんは。」
「ワシは藤堂をおびき寄せる。」
「え?おびき寄せる?ちょ、ちょっと待って下さいよ古田さん。あいつの目標は山県久美子でしょう。」
「いいや。これであいつの目標は変わった。」

山県邸を後にした鍋島は近くの停留所で偶然停まったバスに乗り込んだ。そして彼は進行方向を見て右手の中央部の座席に座った。
ー店の様子を中継するカメラに久美子の姿が映っていた。これは久美子が今日出勤していることを示す。しかしあいつは今日は休み。家に電話をすると女が電話口に出た。
「はい。もしもし。…もしもし?…もしもし?」
ーあの声は紛れも無く久美子。となると…店に設置されたカメラは…。
「偽物。」
ーまさか…相馬の奴…

「ありがとうございます。」
「止めろ。」
「いえ。これぐらいせんと示しがつきません。」
「俺は橘に仕事を依頼しただけだ。お前に礼なんか言われる事はしていない。」
「私はコンドウさんの事一生忘れません。」
「所以别闹了  だからやめろ。」
「这对我是永远的回报  このご恩は必ず返します。」

鍋島は拳を強く握りしめた。
「裏切り者には死の制裁が必要だな。」
その言葉とは裏腹に彼の頬に一筋の伝うものがあったことを誰も知る由もなかった。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする