2016年05月30日

96 第九十三話



「おそらく今川が想定する執行部の上層部は、そのユニコードっていうシロモンを簡単に扱うことができる人間ねんろ。OTP(ワンタイムパッド)なんかでチマチマ変換作業するほど余裕が無い。今川はその相手に至急連絡をとって、確認をしたかったんや。」
古田は部屋の畳にどっかと腰を下ろし煙草を咥えた。
「まぁその理由を詮索するほど、今はこちらも余裕が無いんですわ。」
「と言うと?」
「やわら反撃の狼煙が上がる。」
「え?」
「警部。こっからは予定もクソもありませんよ。時間との闘いや。」
そう言うと古田は時計を見た。
「んで決断する場面が圧倒的に多くなる。さっきみたいな考え方は捨てたほうがいいですよ。」
古田は先程の冨樫と神谷のやり取りをすでに知っていたようだ。
「ねぇ冨樫さん。」
冨樫はにやりと笑ってそれに応えた。それを受けて神谷は覚悟を決めたような表情で古田を見た。
「さあて。伸るか反るかの大博打の始まりや。」
「古田さん。何やるんですか。」
冨樫が古田に尋ねた。
「冨樫さん。あんたIT関係のことよう分かっとるやろ。」
「ええ、まぁ。」
「あんたなら直ぐに分かるかもしれん。」
「なんでしょう。」
「相手方の情報処理能力をダウンさせる。」
「ダウン?」
「ああ。ほら昨日石電のWebサーバがダウンしたやろ。」
「ええ。Dos攻撃と思われます。」
「それとおんなじことをアナログであいつらにぶつける。」
「…ほう。」
「んで、そこであいつらを撹乱、離散させ一匹ずつ確保。」
「なるほど。」
「これは佐竹の案や。」
「佐竹…佐竹康之ですか。」
「ああ。ワシら古い人間には思いつかんいまどきの発想や。」
「それですか。課長が佐竹を使うって言っとったんは。」
古田はさてと言って煙草の火を消して神谷と向かい合った。
「今川にレスしてやりますか。」
「どのように?」
「今川の処理能力をダウンさせるような感じで。」
「警部。今川は朝倉に疑心暗鬼になっとる。回答次第で2人の間に決定的な亀裂を生じさせることができます。」
神谷はしばらく考え、古田と冨樫にシナリオを描いてみせた。

「部長。情戦は僕で最後です。」
「あ…あぁご苦労さん。」
情報戦略事業部の部長室にスタッフが顔を出した。
「部長は何時ごろまでいらっしゃるんですか。」
「あぁ俺はちょっとやらないといけないことがあってな。なんだ。今日はやけに情戦は上がりが早いじゃないか。」
「早い…ですか?」
このスタッフの言葉に今川は壁にかけられている時計を見た。時刻は19時50分を指していた。
「あぁ…すまん。なんだか最近時間の感覚がおかしくなってしまって。」
「大丈夫ですか部長。」
「…駄目かもな。」
「え?」
「ははは。冗談さ冗談。俺に気を遣うな。」
「それではお言葉に甘えて。」
「おう。気をつけてな。また明日頼むな。」
「はい。ではお先に失礼します。」
スタッフが踵を返した瞬間、今川は彼を呼び止めた。
「あ…待って。」
「え?」
「お前、確か家族に介護が必要なひとがいるんだったな。」
「部長…覚えてくれてたんですか。」
「あぁ、なんか…ふと…な…。」
「父が認知症なんです。」
「あぁ…それは…。」
今川は気の毒そうな顔を見せた。
「幸いウチの父は早い段階で認知症だって分かったんで、世間一般に言われる徘徊とかっていう重度の状態にはなっていません。今は薬と食事療法で進行をなんとか食い止めています。」
「そうか…。家庭が大変なのにこんなに遅くまで仕事やってて大丈夫なのか。」
「妻と俺が交代交代で毎日、父の家に顔を出していますからその辺りは大丈夫です。」
「え?毎日?」
「ええ。認知症の進行を遅らせる一番の特効薬はコミュニケーションなんです。人と何でもいいから話をする。話をすることは脳を使いますから。」
「コミュニケーションか…。」
「後は散歩ですか。」
「散歩?」
「ええ。足腰を使って肉体を鍛えるっていう意味もありますが、そもそも適度な運動は脳の活性化を促します。また散歩をすると周囲からいろんな情報が入ってきます。例えばこれからの時期はひまわりとかですよね。そういった植物を見て季節を感じたり、通りを歩く人を見て活気を感じていろいろな思いを巡らせる。目に入るものがみんな情報なんです。こういった情報処理をすることで脳の活性化を図るんです。」
「なるほど…散歩が情報処理だっていうのは新鮮だ。」
「わざわざ気にかけてくださいましてありがとうございました。」
「あ、あぁすまない。早く帰らないといけないのに呼び止めてしまって。」
「いえ。部長もあまり無理をせず。」
そう言ってスタッフは部屋を後にした。
溜息をついた今川は椅子に深く身を委ねた。
「若いのに親の面倒を見るか…。感心するが気の毒ではあるな…。俺がもしも親の立場だったらどう思うだろうか。自分の存在が子供の足枷になっているとなると、なんとも言えない辛い気持ちになるだろう…。」
立ち上がった今川は腕を組んで窓際に立った。
「家族か…。結局そこに行き着くのか…。」
こう呟いた時のことである。今川のパソコンに一通のメールが届いた。
彼はすぐさまそこに寄って件名も何も記載されていないそれを開封した。

0412044b0441044b043b043a0430041d04300431044d04410438043c0430043d04350441043b044b04480430043b.

数字とアルファベットの羅列である本文にバックスラッシュとuの文字を4桁ごとに付け加え、彼はそれを変換ツールに貼り付けた。

Высылка Набэсима не слышал.
Серьезное нарушение дисциплины.
「鍋島除名は聞いていない。重大な規律違反だ。」

声を出した瞬間、今川の首筋に汗が流れだした。
ーやっぱりだ…。朝倉の奴、上に報告もせずに勝手に自分の裁量で俺らを動かしている。俺はまんまとあいつの暴走の片棒を担がされた。
息遣いが荒くなった今川は頭を抱えた。
ーどうする…。弁明しなければ…。
汗が止まらない。熱くもないのに止めどなくそれが首を伝う。
ーなんで朝倉は単独でそんな無謀なことをしたんだ…。あ、いや…そんなことは今はどうでもいい。なんとかこの場を凌がないと俺には先がない。
すぐさまもう一通メールが届いた。彼は先ほどと同じように英数字の羅列を変換しそれを読んだ。

Позже захоронение.
Вы были важный доклад. Поэтому вы греха не имеет значения.
追って処分する。
お前は重要な報告をした。よってお前の罪は不問に付す。

荒かった息づかいは、この最後の一文で若干の落ち着きを見せた。
「助かった…。」
ー待て…俺はいい。だが下間らはどうなる。現に悠里はいま鍋島を消すために動いている。止めたほうが良いのか?
再び今川はキーボードを打ち出した。

Юрий ли вы остановить?
「悠里は止めますか。」

この端的なツヴァイスタン語を英数字のユニコードに変換し英数字のみの状態に加工してそれを送った。

「志乃はどうなんですか。」
「とりあえずオペは成功したらしいが、その後の情報はまだこちらにも入ってきていない。」
「…そうですか。」
「闘病生活を送っている妻を遠い異国の地に置き去りにし、子どもたちと共にここ日本で工作活動を行う君の心情は察している。俺としては最善を尽くさせてもらうよ。」
「ありがとうございます。」
「しかしだ。」
「はい。」
「今しばらくはその感情はどこかにしまっておけ。」54

ー思えば下間らの行動の源泉も家族か…。つくづく厄介な関係性だな…。
返信が来た。

Приведенные ниже инструкции.
Вы белые ожидания.
「追って指示する。お前は待機しろ。」

今川はこれに了解とだけ返信をし、そのまま机に突っ伏してしまった。
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2016年05月23日

95 第九十二話



県警本部の通用口を経由した古田はエレベータを降りた。
カタカナのロの字になっている階の角をひとつ曲がると、そこには警備部長室があった。在室のランプが灯っている。古田は扉をノックした。
「失礼いたします。」
大きな机の向こう側に土岐が何やら険しい表情で着席していた。土岐に向かって左側の壁には日章旗が掲げられている。反対側の壁に掛けられた時計の時刻は19時を指し示していた。
「俺は忙しい。手短に済ませろ。」
「片倉さんからお聞きかと存じますが、彼は捜査をワシに一任しました。」
「聞いている。しかしチヨダマターの直接的な管理者は俺じゃない。察庁の理事官だ。お前も警察のOBならそれくらい分かっているだろう。」
土岐は呆れ顔を見せた。
「ええ。そうです。んでワシはいまはただの民間人です。」
「いち協力者にしか過ぎない身分の人間に、何であいつは捜査を一任したんだ。」
「わかりません。ですがワシとしましても一任された以上なんとかせんといけません。」
土岐はため息をついた。
「ったく。察庁は何やってんだ。現場のゴタゴタをなんで俺が調整しないといけないんだ。」
「すいません。ワシは察庁の連絡窓口は聞かされていないもんで。」
「その辺りを調整してから俺を通せと言うんだ。順序が違う。」
「部長の仰ることは至極もっともです。先程言ったようにワシはただの民間人。いくら片倉さんから一任されたと言っても、ワシが現場捜査員の指揮を執る訳にはいきません。ワシができるのは今と変わらず捜査の協力だけ。」
「そうだ。」
「よってここはひとつワシの代わりに現場の指揮を執ってくれる人間を部長の方から任命してもらえませんか。」
「暫定責任者か。」
「ええ。」
土岐は立ち上がった。そして後ろ手に組み部屋の中を歩き出した。
「秘匿性の高い公安課の人事を他の課からの異動を持って当てることはできんだろう。」
「はい。」
「神谷だ。」
「神谷?」
「ああ。」
「その神谷という方は現場とはうまくやれるんですか。」
「わからん。それはお前が調整しろ。」
土岐はぶっきらぼうに言った。
「わかりました。」
「それでいいな。」
「はい。」
土岐は時計を見た。
「俺から公安課にその指示を出す。あとはそっちでうまくやれ。」
土岐はそわそわした様子である。
「どうされたんですか部長。いまはもう19時です。やわらお帰りの時間ですよ。なにをそんなに慌ててらっしゃるんですか。」
「俺はいま別件で立て込んでいるんだ。暇じゃないんだよ。」
「あ…はい。申し訳ございませんでした。」
「あんまりOBがうろちょろするんじゃないぞ。」
「ええ、気をつけます。」
そう言って古田は部屋を後にしようとした。
「あれ?」
「なんだ。」
「この日の丸…。」
土岐の顔色が変わった。
「真ん中がちょっと皺が寄っとるような…。」
「おい。お前はさっさと持ち場にもどれ。邪魔だ。」
「あ…はい。」
そそくさと部屋を出た古田は灯りの消えた県警の闇の中に吸い込まれていった。

「Теперь, чтобы быть исключен из Набэсима по инструкции от капитана. Юрий переехал в изгнание.

「え?何ですか?」
「キャプテンからの指示で鍋島を除名する事になりました。除名に悠里が動いています。」
「キャプテン?除名?」
パソコンと向い合っていた冨樫は神谷の横に座った。
「冨樫さんが今川の携帯に送った乱数表と照らしあわせて解読すると、こう読めます。」
「あぁ…こりゃあアレですね。課長の読みは当たっとったってことですか。」
「今川らと鍋島が仲間割れを起こしている。その可能性大です。」
「悠里は鍋島を消すために姿を消した。そのリミットは明日の19時。」
「すぐ課長に報告します。」
神谷は片倉の携帯に電話をかけた。
「今川の上位の存在がキャプテン。そうなるとキャプテンは朝倉と読むしかないか…。」
「冨樫さん。ダメです。課長の携帯が繋がりません。」
「…警部。どうします?」
「え?」
「これからどうします。」
「それは課長に指示を仰いで…。」
「駄目です。課長言ったでしょう。後は現場に任せるって。」
「でも、そんなこと急に言われても対応しきれません。」
「あんたはワシよりも階級が上や。ワシはあんたの命令に沿って動きます。」
困惑した表情を見せた神谷の携帯電話が震えた。彼は片倉から折り返しの電話であると思い、とっさにそれに出た。
「あ神谷です。課長。裏取れました。」
「は?何言ってるんだ神谷課長補佐。」
「え…。」
「片倉じゃない。土岐だ。」
「あ…。」
「公安のくせにどこからのものか分からない電話に安々と出るとは何事だ。」
「申し訳ございません。」
電話越しに土岐はため息をついた。
「大丈夫かお前...。」
「あ…はい…。」
「片倉不在のimagawaはお前が仕切るんだ。」
「え?」
「え?じゃない。」
「でも聞いてません。」
「馬鹿。察しろ。」
神谷は口を噤んだ。
「俺は情報調査本部長としての仕事で手一杯だ。これはチヨダ直轄マター。現状の捜査員以外に協力を募るのは避けなければならない。そんな中でお前以外に誰が捜査の陣頭指揮を執れるっていうんだ。」
「急に言われても…。」
「何言ってるんだ。いいか。これは片倉からの依頼なんだ。あいつの知恵袋も今そこに向かっている。そいつのアドバイスを聞いて冨樫と協力して現場を仕切れ。」
「あ、あの…。」
「言っただろ。察しろ。お前らが仕掛けた罠だ。お前らが責任持って獲物を釣り上げろ。」
そう言って土岐は電話を切った。
「どうしました。警部。課長何か指示出しましたか。」
「なんか…僕が…仕切れって。」
「ほら言ったでしょう。」
「違うんです。課長じゃなかったんです。」
「え?」
「土岐部長だったんです。」
「土岐部長?」
「ええ。」
「土岐部長が何で…。」
「わかりません。ただ…気になる事を言ってたんです。」
「何です?」
「課長不在のimagawaはお前が仕切れって。」
「え?」
「おかしいと思いませんか。俺らの捜査はチヨダ直轄マターです。土岐部長はこの中に組み込まれていません。捜査のコードネームはチーム内でしか共有されていないはずです。」
冨樫は顎に手を当てて考えた。
「なんだか引っかかるんですよ。」
「あの…他には?」
「僕に現場を仕切れって。で、片倉課長の知恵袋がこっちに向かっているからその人間と協力しろって。」
「片倉課長の知恵袋って…それ、古田さん以外にないでしょう。」
「ええ。部長は察しろって2回も言ってました。」
パソコンの前に再び陣取った冨樫は神谷のこの言葉を聞いてニヤリと笑った。
「…警部…察してあげましょうよ。」
「え?」
「片倉課長も土岐部長もいろいろあるんです。ここは大人の対応で引き受けましょう。」
そう言って冨樫は再びパソコンの前に座った。
「でも、冨樫さんは変だと思わないんですか?」
「変?」
「だって何か不自然ですよ。そもそもチヨダの人事は理事官から指示があって然るべきじゃないですか。なんか順番が違うような。」
「聞いてません。急に言われても。順序が違う。」
「…。」
「'`,、('∀`) '`,、 警部。あんたは立派なキャリアや。」
「はい?」
「この手のセリフは役人の常套句。突発的なことが起こった時に身に降りかかる災厄を最小限に食い止めるためのバリアみたいな呪文や。役人って生き物は失点をいかに少なくするか。これが最大の実績になる。そのためにはこれを使いこなせんといかん。あんたは若いがにこれを使いこなしとる。」
「何ですか嫌味ですか。」
「まあまあ。」
冨樫は神谷をなだめた。
「公安の仕事ってもんもそれに似たところがあります。犯罪を水際で防ぐんですから。犯罪が起こってしまったらそれで評価ゼロです。そういう意味では警部の姿勢は的を射とる。」
神谷は眉間にしわを寄せた。
「でもね。それはあくまでも総論。各論で見ればどう頑張っても予定通りに進まんことってばっかりです。そもそもこのimagawaはその連続です。長尾の死、小松の死、ノトイチの件、片倉課長の現場離脱、今川と鍋島の仲間割れ。都度ワシらは無い知恵絞って対応してきた。さっき言った犯罪を水際で防ぐっちゅうのは結果論です。世間の人間はそこしか見ん。けど実際の現場は常にもがいて苦しんで、その場しのぎをする。その連続なんですわ。」
冨樫は煙草に火をつけた。
「つまりワシが言いたいのは、いま我々はまだ、そのその場しのぎの最中なんやってこと。その場しのぎに必要なのは瞬発力と適応力。言い訳じゃありません。」
「…。」
「目の前でひとが倒れとるげんに、何でこの人は倒れとるんやとか考えとる暇があるんやったら、さっさと救急車よんでその人に応急措置を施せ。素直に現状を受け入れましょう。」
冨樫の柔らかくも棘のある叱咤に神谷は閉口した。
「あ。」
パソコンを操作していた冨樫の動きが止まった。
「警部。来ました。」
冨樫が大きな声で神谷を読んだ。
「え?」
「きたきたきたきた。」
彼は鼻息は荒くなった。
「今川からまたです。」
「えぇ!?また!?」
肩を落としていた神谷は飛び上がって冨樫の側に駆け寄った。
画面を覗くとそこには数字とアルファベットの羅列があった。

0423043c0435043d044f043d0435043f043e043d0438043c0430044e0442043404430445 043a0430043f043804420430043d0430.
04120430043c043d0435043d04430436043d043e04310443043404350442
044304320438043404350442044c…….

「なんですこれ?」
「三好からもらったツヴァイスタン工作部の乱数表とは違う形式ですね。」
「おかしいな...三好さんの情報だとツヴァイスタンはワンタイムパッドを使うはずなんですけど。」
そう言って神谷は手元のタバコの箱程度しかないサイズのメモ帳をパラパラとめくった。そこには幾つもの乱数表が記載されていた。
ワンタイムパッドとは乱数鍵を一回だけ使用する暗号の運用方法のことを指す。使用した乱数鍵は捨てられ、二度と同じ乱数鍵は使用されない。日めくりのようであることからめくり暗号とも言われる。
「待って下さい警部。ちょっと...これ…。」
「どうしました。」
「数字の4が規則的に入っとって、アルファベットはfまでしか表示されとらん。」
冨樫は別のパソコンを操作し、ブラウザを立ち上げて何かを検索した。
「やっぱりや。これや。」
「え?なんです。」
「ユニコードですよ。」
「ユニコード?」
「文字コードの業界規格ですわ。」
冨樫は画面に表示されるアルファベットと数字の羅列の数を数えながら4桁ずつ区切るようにバックスラッシュを入力した。そして全てのバックスラッシュの後にuの文字を付け加えた。

\u0423\u043c\u0435\u043d\u044f\u043d\u0435\u043f\u043e\u043d\u0438\u043c\u0430\u044e\u0442 \u0434\u0443\u0445\u043a\u0430\u043f\u0438\u0442\u0430\u043d\u0430…...

「何やってるんですか。」
「暗号っちゅうもんは一般の人間が一朝一夕でマスターできるほど簡単なもんじゃありません。ほやけど今川はITの専門家です。その専門分野を利用すれば簡単な暗号っちゅうか言語を操ることができます。」
冨樫はそれをあるサイトのテキストボックスにコピー・アンド・ペーストし、エンターキーを叩いた。
「ビンゴ。」
「あ…。」
神谷と冨樫の目の前にキリル文字に変換されたテキストがあった。
「ツヴァイスタン語自体が難解な言葉やからこそできる安易な暗号通信とも言えるか。」
神谷は冨樫の手際の良さに唖然とした。
「さ、警部出番ですよ。」

У меня не понимают дух капитана.
Вам не нужно будет увидеть, но спросить грубый с уведомлением.
На самом деле капитан Уилл выступает в качестве воли исполнительной власти.
Пожалуйста, скажите мне.

「何て言っとるがですか。」
「私にはキャプテンの真意がわかりません。
 分かる必要はないのでしょうが、失礼を承知でお聞きします。
 本当にキャプテンは執行部の意志の通りに行動しているのでしょうか。
 教えて下さい。」
冨樫は息を呑んだ。
「こいつはあれですね…。」
「今川と朝倉も一枚岩じゃない。」
そう言った矢先、玄関扉の鍵を開く音が聞こえたため2人はとっさに身構えた。この部屋の鍵を持つ人間は二人以外に片倉ただひとり。しかし片倉はしばらく戻る予定はない。
「んじゃあこっちは成りすませばいいんじゃまいか。」
「…その声は。」
両手を上げて部屋の中に入ってきたのは古田であった。
「いよいよ切羽詰まって、ワンタイムパッドを使う余裕すらなくなったか。」
「古田さん。」
「さぁてと警部。ちょっくら本気だすまいけ。」
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2016年05月16日

94 第九十一話



「貴様には黙っていたが、実はな…俺は嫁さんを寝取られてるんだ…。」
「え…。」
「所轄の公安課の課長だった頃だ…俺も貴様のように家を開けっ放しだった。あの頃の俺はまだ若かった。確か40前半の事だったと思う。ひとつのヤマが解決し、久しぶりに家に帰ったんだよ。そうしたら玄関で異変に気がついた。」
「まさか…。」
「ああ。見覚えのない男のものと思われる靴がそこにあった。それを見た瞬間俺は何が家の中で起こっているか悟った。」
「やめて下さい。聞きたくありません。」
この片倉の発言は拒絶ではなく要請であった。しかし朝倉は言葉を続けた。
「ひとが命を懸けて日々危険な仕事をしているというのに、あいつは男にうつつを抜かしている。子供がいるのにだ。俺にはふつふつと怒りがこみ上げていた。殺意さえ芽生えていた。」
「殺意…。」
「だが…。」
「だが。」
「聞こえてくるんだよ、情事の声が。俺が一歩足を進めるたびにそれが近くなる。そこで俺は気がついた。」
「…。」
「俺がこの結果を作り出している。」
「部長が…。」
「一気に無力感が俺を包み込む。気が付くと俺は家から程遠い居酒屋で酒を浴びていた。」
片倉は深い溜息をついた。
「その時は家に帰る事無く俺は居酒屋で一晩明かした。この段階においても俺の帰りを心配する嫁の声はない。あたりまえだ。家にいないのが普通だったからな。このままじゃ家庭は崩壊する。そう思ってそれから俺は嫁さんと話し合いの場を頻繁に設けた。それが功を奏したか、幸いなんとか今もあいつに逃げられずにいる。」
「話し合いですか…。」
「ああ。貴様の様子を見る限り、事は逼迫しているように俺には映る。早いほうがいいだろう。」
またも片倉は息をついた。
「参りました。部長…。」
「うん?」
「あなたの体験。今の俺とダブって見えます。」
「…そうか。」
「正直、俺はあいつがどうとかはどうでもいいんですが、娘が気になるんです。娘にだけはつらい思いをさせたくない。だからどこかでちゃんとあいつとは話し合いの場を持たんとイカンと思っとった。でもその時間が作れん。タイミングも合わん。」
深呼吸をした片倉は意を決して言った。
「お願いします。部長。」
「…わかった。」
「捜査については心残りがありますが、やむを得ません。何卒お取り計らいのほどよろしくお願いいたします。」
「こっちこそ理解をしてくれて嬉しく思う。直ぐに手を打とう。ただ…。」
「ただ?」
「そのためには貴様にこちらに来てもらう必要がある。」
「え?」
「明日こっちに来い。」
「え?東京にですか?」
「ああ。明日1日だけだ。丁度俺は長官と会うことになっている。そこに貴様も同席しろ。」
「え?どういうことでしょうか。」
「警察から公安調査庁へ出向という形で話を通す。その場で長官から警察へ根回ししてもらう。貴様はこっちの人間になった時点でゆっくりと夫婦で話し合いをするといい。」
「公安調査庁の長官直々にですか…。」
「なんだ不服か。」
「いえ、恐縮至極です。」
「トシさんにはまだ伏せておけ。」
「ええ。」
「明日の15時。待っているぞ。」
「よろしくお願いいたします。それでは失礼いたします。」
そう言って電話を切った片倉にセバストポリの店主である野本は、そっとコーヒーを差し出した。
「勝負や…。」
こう言う片倉の肩を野本は軽く叩いてそれに応えた。
「あんたならやれるさ。きっと。」
電話を切った朝倉は遠くを見つめた。
「俺が嫁を寝取られる?」
朝倉の方は小刻みに動いている。
「…そんな訳がないだろう。三流作家が思いつきそうなストーリーだ。こんなもんを信じるとは片倉…。ククク…末期だな…。」

「ええ。なんとか巻きました。」
金沢駅近くの寂れた商店街でヒソヒソ声で話す悠里の姿があった。
「とにかく、僕らはあいつらにマークされています。なので軽々な事はやめておいたほうが良いと思います。」
「とは言え鍋島の件は中断するわけにはいかない。これは命令だ。」
「わかっています。これはこれで僕が秘密裏にやります。ですが例の件は様子を見たほうが良いかと。」
「…だめだ。これも上からの命令だ。現場の判断で中止する訳にはいかない。」
「…どうしてもですか。」
「一応、今川さんには図ってみる。だが望みは薄だと思っておけ。」
「そこをなんとか、お父さんの力でお願いします。もしも全てが露見しているとなると今度動いた瞬間に全てが終わります。」
「最善は尽くしてみる。悠里。お前はくれぐれも鍋島には気をつけるんだ。」
「はい。」
携帯を仕舞った悠里はため息をついた。
辺りを見回すと帰宅時間ということもあり、ところどころにスーツ姿の男がいた。ブリーフケース片手にハンカチで汗を拭いながら未だ営業に奔走する者、居酒屋に吸い込まれていく者、クールビズ姿でスマートフォンをいじりながら歩く者。様々である。
ー巻いたと言ってもどいつが公安の人間かわからない。とにかく人気のないところを選んで移動しよう。
彼は通りを一本曲がり、ひっそりとした住宅地を進んだ。
ーなんだ…こっちの思惑通りに事は運んでいたと思ったが、あいつらいつから動いてるんだ…。まさか俺らは泳がされているのか?…もしそうだとしたら…。
早足で進む悠里は携帯電話を取り出し、そこに目を落とした。
ー鍋島…どこに向かっている…。
地図上に赤い点が表示され、それがゆっくりと移動している。
ーさっきまで大通りを一定の速度で移動していたから、何かの乗り物に乗っていたのは分かる。しかし急に動きが遅くなった。徒歩に切り替えたか。あいつが今いる場所までここから約15キロか。
3分ほど進んだところに駐車場があった。悠里はそこに駐車されていたある車のドアノブに手をかけた。
鍵はかかっていない。それに乗り込んだ悠里はグローブボックスを開いてそこに格納されていた鍵を取り出し、エンジンを掛けた。そしてダッシュボードにある携帯ホルダーにスマートフォンを設置した。
ーまぁどこでもいいさ。鍋島、お前の行動は手に取るように分かる。
悠里は動きを止めた。
ーまて…鍋島の居所も警察に把握されているなんてことはあるまいな…。
彼は一旦車から降り、トランクの方へ回ってそれを開いた。
ーそうだとするとこいつを使うしかないか…。
トランクの中には細長い黒い革製のアタッシュケースのようなものが収められていた。

「なんや。暇乞いしたばっかりなんに僅か2日で復帰か?」
金沢銀行から退行する山県を外で捕まえて、佐竹は彼とともに歩んだ。
「いえ、復帰はしません。」
「じゃあ何でここに居るんや。久美子はどうしたんや。」
「久美子さんは今のところ無事です。」
「あたりまえや。そうじゃなかったらお前がなんでここにおるって言うんや。」
ポケットから車の鍵を取り出した山県は自分の車の前で立ち止まった。
「鍋島をおびき寄せたいと思っています。」
「はぁ?」
「部長。言ってましたよね。」
「なにを。」
「警察にアイツの事話したら久美子さんが危ないって。」
「それがどうした。」
「いまこの場で藤堂が直接自分と接触してきたって警察に通報してもらえませんか。」
「は?」
「お願いします。」
「佐竹…おまえ…自分が何言っとるんか分かっとるんか?」
「ええ。」
「お前な、言っとることが支離滅裂やがいや。お前は久美子を守る。そのためだけに暇乞いしたんやろ。ほんねんにその逆のことを俺にしろってか?だら。」
山県は佐竹が何を言っているのかさっぱり理解できない。彼はため息をついて車のロックを解除した。
「帰れ。」
「え?」
「帰れって言っとるんや。何やお前、久美子守るちゅうのはただの方便やがいや。お前はただ鍋島と鬼ごっこしとるだけやがいや。」
佐竹はうつむき加減で軽く息をついた。
「…ええ。そうです鬼ごっこです。」
「お前なぁ。」
「鬼は俺らしいですから。子を捕まえないといけません。」
山県は頭を抱えた。
「おい。」
「部長。俺は別に錯乱してません。いまここで警察に通報して下さい。」
「だら。んなことお前に言われて、ホイホイ言うこときくわけないやろ。帰れ。」
「鍋島はやると言ったら必ずやる奴です。部長が警察に通報すれば奴は再び久美子さんを狙います。なによりも優先して。」
駄目だ佐竹の言うことは矛盾を極めている。どうしてわざわざ自分の娘を危険に晒すことができるというのか。山県は呆れ顔で佐竹を見た。
「あいつをおびき寄せた上で、反転攻勢をかけます。」
「え?」
「攻撃は最大の防御。守りから攻めに転じます。」
佐竹の瞳に確信に満ちた何かがあることに山県は気がついた。
「いままで俺らはあいつに翻弄されていた。あいつがどう出るか全く読めない中で、その場しのぎの対応をするしかなかった。あいつが先の先を行くというなら、こちらは後手後手だったとも言える。ですがそれはここで終わりです。」
「秘策でもあるのか。」
「いえ。そんな立派なものはありませんし、小細工も弄しません。正面から行きます。ボール球は投げません。直球で行きます。」
「どうするっちゅうんや。」
「鍋島は賢い。いろいろな情報を総合的に処理できる能力を持っている。そして凡人の先の先ををいく読みの持ち主。ですが人間の処理能力には限界ってもんがあります。鍋島の処理を超える膨大な情報を一度にあいつに投入することで、あいつの行動と思考をダウンさせます。」
「ダウン?」
「ええ。システムをダウンさせるように、圧倒的な量の情報を一気にあいつにぶつけます。」
「...なんかどこかで聞いたような。」
「ええ。今朝から報道でやっている石電のWebサーバが落ちた件です。あれはDDos攻撃という手法が用いられた可能性が高いと言われています。そこにヒントを得ました。」
山県はその手のIT関係の話は不得手だ。彼はピンと来ない顔をしている。
「総力戦です。ありとあらゆるものを投入します。」
「総力戦…。」
「ある人と話し合って、その時が来たとの結論に先ほど達したんです。」
「俺がここで警察に藤堂の事を通報することで何が起きる。」
「言ったでしょう、総力戦が始まる。部長の通報を奇貨として各方面が一斉に動く。」
「結果どうなる。」
「結果、あいつは久美子さんを狙うのではなくある場所に現れる。」
「ある場所とは?」
「それはいまこの場では言えません。」
山県は口をへの字にした。
「お前は?」
「俺はその場所で鍋島を迎え撃つ。」
「何?」
「部長。鍋島の根本的な攻撃対象は俺ら高校時代の剣道部です。部内のことは部内でけじめをつけます。」
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2016年05月09日

93 第九十話



ドットメディカルの自室で携帯電話を操作する今川惟幾の姿があった。彼はデスクトップパソコンのメーラーの迷惑メールの中の一件を開いた。タイトルも本文も文字化けを起こしたどうにもならないメールである。今川はそのどうにもならない文章を携帯電話を覗きながら、ときおり何かをメモ帳に書き記しながら読み込んだ。
「ゴ ク ヒ…。」
咳払いをした今川は姿勢を正した。
「悠 里 ノ 動 キ 報 告 ナ シ 。 至 急 報 告 サ レ タ シ 。」
「え…。」
彼の額から滝のような汗が流れだした。
ー何だ…。執行部は鍋島排除の件をキャプテンから聞かされていないのか?
ハンカチで汗を拭うも、今度は首筋にそれが湧き上がってくるため彼はその行為を止め、ペンを手にとった。
「Теперь, чтобы быть исключен из Набэсима по инструкции от капитана. Юрий переехал в изгнание.
(キャプテンからの指示で鍋島を除名する事になりました。除名に悠里が動いています。)」
こうメモ帳にペンを走らせた今川は、再び携帯電話を覗き込んだ。そしてその文章を画面に表示されている乱数表を元に変換し、それをキーボードで打ち込んだ。ディスプレイに表示される一件文字化けした文章と携帯電話の表示を何度も照らしあわせて、彼は送信のボタンを押下した。そしてすぐさま携帯に表示されていたデータを消去した。
「ふーっ…。」
ー一体どういうことだ。
今川は天を仰いだ。
ーまさか俺は執行部の意に反することの片棒を担いだことになってるのか?

「執行部は混乱を待ち望んでいる。」
「…。」
「予定通り事を運べ。」88

ー朝倉が暴走しているのか?
今川はそのまま目を瞑った。

ー3年前ー
熨子山連続殺人事件が発生し、金沢北署前には報道陣が群れをなしている。ある局は北署をバックに中継を送り、またある局は出入りの警察関係者に取材を申し込んでいる。騒然としたその中で仕立ての良いトレンチコートを纏い、あごひげを蓄えた今川がひとり颯爽と署の中に入っていった。
彼は入って直ぐの生活安全課の署員に呼び止められた。
「すいません。いまは関係者以外、署内に入ったらいかんことになっとりまして。」
「あぁ私、別所さんに呼ばれてきたんですけど。」
「別所?」
「ええ。警務部の。」
「警務部のですか?」
署員は背後の上席者に何かの確認をとると改まった態度になって今川を応接室に案内した。
出された茶に口をつけて待つこと5分。部屋の扉が開かれて痩身の男が今川の前に現れた。
「GPSは貴様のところの社長の家を示していたぞ。どういうことなんだ。」
「大変申し訳ございません。朝倉本部長。」
朝倉はソファに掛けた。
「七里は一色の協力者なのか。」
「いえ、そのような情報は掴んでおりません。おそらく一色が旧知の中である七里の車に勝手にGPSの発信機を埋め込んだんでしょう。」
朝倉は舌打ちした。
「しかし一色の件はご心配には及びません。」
「ほう。」
「鍋島が奴を葬りました。」
「なに?」
「先程、私のもとに報告が入りました。」
「…そうか。となるとこれからの捜査の方向性も修正可能だな。」
「はい。」
「わかった、どこかの頃合いを見て幕引きを図る。」
「その際に鍋島の存在を消し去って下さい。」
「鍋島…か…。」
「何事も引き際が肝心といいます。」
「貴様に言われるまでもない。鍋島はうまく使えと執行部から指示が来ている。」
「あ…執行部から…。」
「ああ。」
今川は鞄の中からUSBメモリを取り出し、それを朝倉の前に差し出した。
「それは?」
「鍋島に関する県警の情報を、適当なタイミングで置き換えるプログラムが既にここに入っています。このタイミングで県警のシステムにこいつを流しこむことも出来なくはないのですが、できれば誰の目にも怪しまれない年度末の更新をもってこいつを流し込もうと思っています。」
「なるほど。」
「ついては県警のシステムの件、遺漏なきようお願い申し上げます。」
「わかっている。警務部の別所と総務課長の中川はこちらの陣営に取り込み済みだ。よほどの横槍がなければ県警のシステムはドットメディカルのものに置き換わる。」
「ありがとうございます。」
「…とうとう治安を抑えたな。」
「はい。しかしまだ一部ですが。」
「一部でいいんだ。今川。一部だから相手にわかりにくいし動きも取りやすい。知らないうちに徐々に蝕み、綻びを見せたところを集中的に攻撃して本体を撹乱する。これが弱者の戦法さ。」
「御意。」
朝倉は応接室にあるテレビをつけた。夕方のワイドショーが流れていた。
「見ろ今川。ここでは前代未聞の警察キャリアによる連続殺人事件が起こっているというのに、どこそこのランチは美味いとか安いとか、そのことで世間の人間は一喜一憂している。」
「ええ。」
「クリスチャンでもないのにクリスマスがどうだとか、どうでもいいことに関心を示している。」
「はい。」
「今川。貴様は外務省時代、世界を見てきた。」
「ええ。格差激しい世界をこの目で見てきました。富めるものはますます富み。貧しきものはますます貧する。」
「グローバル経済とかいう欧米の思想が格差を助長し、経済的な不安定さをもたらしている。格差は政情不安を引き起こし、混沌とした中で局地的なテロ行為も頻発。常に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている奴ら途上国の人間と、この平和ぼけした国の民は、これからの世界で競争をしていかねばならない。」
「戦後教育によって植え付けられた平和や人権という幻想に囚われた我が国の国民は牙を抜かれた狼になっています。それでは弱肉強食の世界では行きてはいけません。今は確かに我が国は先進国です。ですが10年、20年先は恐らく競争力は著しく低下し、国際的に見て搾取される側の陣営に成り下がることでしょう。」
「そうだ。だからこの愚鈍な国民の目を覚ます必要がある。それが我々の目指す革命だ。」
「そうです。」
「我々がわが祖国に栄光をもたらそう。」

ースパイ防止法の成立に心血を注ぎ込んでいたと思われる右側の人間が、揺り戻しで左翼。なるほど右翼も左翼も自分の思い通りに世の中の仕組みを創りあげたいってところは同じか…。
立ち上がった今川は部屋の中を歩き出した。
ーしかし我々の行動は全て執行部が決める。もしも朝倉が執行部の意に反して、単独で何かしらの行動をとっているとしたら、あいつの命令を受けている俺の立場はどうなる…。
足を止めた今川は先程のメールの文章を見つめた。
ー俺の命を受けて動く下間一族の立場も危うい…。しかし俺は朝倉の指示系統の下にある…。
「…やむを得ん。」
今川は再び席に座り、深く息をついてメモ帳に文字を書き始めた。

「お疲れ様です。朝倉部長。」
誰もいないセバストポリにひとり佇む片倉は弱々しい声で電話に出た。
「相当参っているようだな。」
「ふっ…面目次第もありません。」
「コンドウサトミらしいな。」
「…ええ。」
「すまん。俺があの事件の時、七尾のガイシャを鍋島と判断したばかりに今日の混乱が起きている。」
「部長。あなたの判断は何一つ間違っていない。」
「うん?」
「鍋島は確実に死んでいるんです。」
「…どういうことだ。」
「七尾のガイシャの指紋と鍋島の指紋は完全に一致しとります。なんで、あなたの判断は間違っていない。」
片倉は店のブラインドの隙間を指で広げて外を見つめた。
「鍋島の生存根拠の件はあくまでもドットメディカルによる陰謀です。」
「今川か…。」
「ええ。結果としてここで奴は尻尾を出しました。」
「やるのか。」
「いや俺はこの件についてはタッチしていません。」
「なるほど…情報調査本部ってやつか…。」
「捜査に関することですので部長といえども、これ以上の報告は差し控えさせていただきます。」
「片倉、貴様のターゲットはひとつ絞ることができた。あとは下間一派と鍋島だ。」
「ええ。」
「言うなれば負担が少し軽くなったようにも思える。しかし今の貴様の声を聴く限り、疲労しか伝わってこない。」
ブラインドを閉じ、彼はソファに腰を掛けため息をついた。
「部長…。」
「どうした。」
「俺は一度、鍋島に狙われています。」
「ああ。」
「奴は何かしらの手段でこちらの動きを手に取るように分かるようになっとる。」
「…。」
「あの時は偶然俺はなんともなかった。けど次はどうなるか分からん。」
「…怖いのか。片倉。」
「…はい。なにせいとも簡単に原発に忍び込んでマルバクを仕掛ける奴ですからね。」
「貴様らしくもない。」
「部長…。俺だって人の子です。命は惜しいですよ。」
「家庭だろ。」
鼻の付け根を摘んでいた片倉の手が止まった。
「家庭への未練が命の重量を重くする。」
「未練?」
「ああ。貴様。先日俺に言っただろう。」

「嫁さんだけは大事にしろよ。最後は本当に嫁さんに頼るしか無いからな。」
「…カミさんですか…。」
「どうした?」
「あ、いえ…。まぁなかなか難しい局面なんですよ。ウチは。」
「察しの良い部長ならお分かりでしょう。俺は兎に角、このヤマを解決して早いことカミさん孝行せんと、俺もトシさんみたいになってしまいます。なので、部長からのお誘いは申し訳ないですがお断りさせていただきます。」43

「失うものがない人間は前しか見ない。振り返っても何も無いからだ。貴様は振り返って後ろを見ている。だから前が曇って見えるんだ。」
「後ろ…ですか…。」
「何故、振り返るか。そう夫婦の仲の修復可能性を捨てきれないからだ。」
片倉は黙った。
「夫婦仲の亀裂の原因の大半はお互いの理解不足によるもの。公安警察という身分のため、貴様は職業を偽り、常に人前で仮面を被っている。それは家族においてもだ。仮面を被って妻と接しているのだから、真のコミュニケーションは取りにくい。それに出張と称し殆ど家を開けている。物理的にもその中身的にもコミュニケーションが取れない。貴様の夫婦仲の亀裂はなるべくしてなっている。」
「…痛いところ付きますね。」
「俺も貴様と同じような事を経験した。しかしどうにかこうにか今も嫁さんをを繋ぎ止めている。」
「部長は…どうやってしのいだんですか。」
「話し合いだ。」
「話し合い…。」
「ただ解ってくれと言っても相手は解りやしない。俺はそこで嫁さんに期限を切った。」
「期限?」
「ああ。いついつまで我慢してくれ。そうすれば現状は変わる。良い方に変わると。絶対に変わる。絶対に変えるためにあらゆる手段を俺は動員する。それで変わらなければそこでけじめをつけると。」
「コミットメントですか。」
「そうだ。そのコミットメントを得るために話し合いが必要だ。それが出来なければ貴様も古田のようになる。」
「トシさんのように…。」
「確実にだ。」
片倉はため息をついた。
「コミットメントを得るためには時間が必要だ。だから暇を乞え片倉。」
「え?」
「俺の方から松永に働きかけてやる。貴様の働きは松永でもしばらくなら肩代わりできるだろう。」
「しかし…。いまですか。」
「ああ。こういうことはタイミングが大事だ。」
「ですが…。」
片倉は浮かない声を発した。
「貴様には黙っていたが、実はな…俺は嫁さんを寝取られてるんだ…。」
「え…。」
唐突な告白に片倉は動揺した。
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2016年05月02日

92 第八十九話



「村上…。ようやく鍋島と相見えることができそうや。」
相馬卓と尚美の2人を無事、市内のホテルに匿うことができた古田は車を運転しながら呟いた。
ーいままで自分の協力者やと思っとった人間がこちら側の協力者やった。おそらく鍋島は怒髪天を突く思いや。これで奴の感情の矛先は久美子から相馬卓に移るはず。相馬に何らかの制裁を与えるなら手っ取り早いのは、あいつの自宅に殴りこみをかけること。
ハンドルを切って古田は交差点を左折した。
ーしかし先の先を行くのがあいつの攻め方。まんまとこっちの偽カメラにハマったが、賢いあいつのことや、体制の立て直しを図るはずや。とすればこちらの目論見を察知して別の方向に動く可能性も捨てきれん。もしもあいつがワシらのおびき寄せ作戦を察知したとしたら、下間らと連携してあっちのほうで何かの動きを見せるかもしれん。
「だめや…考えれば考えるほど鍋島の行動が読めんくなる…。」
そういいながらも古田の車は相馬の自宅に向かっていた。
携帯が鳴った。イヤホン付属のリモコンを押下し彼はそれに出た。
「はい古田。」
「おうトシさん。」
「どうした。」
「今さっきドットスタッフに潜り込ませとるエスから情報が入った。」
「なんや。」
「周と京子の件、うまく行きそうや。」
「なに?」
「仁川は、いや悠里は妹の麗にコミュを脱会するよう促した。」
「それは本当のことか。」
「ああ。エスがあいつのオフィスに仕込んだやつにしっかり録音されとった。明日のコミュで麗を脱会させるよう、悠里自身が誘導するらしい。」
「で肝心の麗の反応は。」
「…それは分からん。ほやけどとりあえず麗についてはことは順調に運んどる。悠里のほうから麗を組織から遠ざけるように動いた。」
近くのコンビニに車を滑りこませて古田は息をついた。
「やったな…。片倉。」
「…あぁ。」
「一色の仕込みがここで効いたか。」
一瞬、電話の向こう側の片倉は沈黙した。
「けっ…剣道の稽古と手紙ひとつで他人の娘を協力者に引き込んで、まんまと目的達成目前や。京子にもしものことがあったらどうすれんてぃや。ったく、手段を選ばん冷酷無比な奴やわ。生きとったらあいつぶん殴ってやる。ぼこぼこにしてやんよ。」
「お前はいつでも京子を止めることができた。」
「…。」
「けどそれはせんかった。」
「…トシさん。そういうことはまた別の機会にゆっくり話そうや。」
「…あぁそうやな。」
「ただ、京子が自分の自身の頭で考えて一つの結果を出す目前までこぎつけたっていうことは評価できる。」
「おう、素直に娘を褒めてやれ。」
「…ほうやな。」
「でも、それは全てが首尾よく行ってからの話や。当の悠里はどうなんや。」
「動いた。」
「動いた…。」
「出張に行くって言ってドットスタッフから姿を消した。」
「それは…再び下間らが何らかの動きを見せるっちゅうことか。」
「まぁトシさん。この下りを聞いてくれま。親父と電話する悠里の言葉や。」

「ああお父さん。」
「期日は。」
「分かりました。」
「やっぱり疲れてるだけみたいです。」
「明日のコミュにもあいつは来ますのでご心配なく。」
「どうしました?」
「麗だけじゃなくてお父さんも変ですよ。」
「…なにせ相手は歴戦の猛者ですからね。」84

「なんや期日って。」
「わからん。次に計画しとる企みの実行日かもしれん。」
「明日のコミュにあいつは来るっていうのは?」
「麗のことやと思う。会話の流れから。」
「ふうむ…一定の間があっての『歴戦の猛者ですからね』っちゅうのが引っかかる。なんか…不安が混じったような声にも聞こえた…。」
ぶつぶつと独り言を言って古田は頭を掻き始めた。
気を落ち着かせるようにタバコを咥え、ジッポーを取り出した時のことである。彼はそれを手にしたまま動きを止めた。
「村上…?」
「は?」
ジッポーの蓋を開けては閉める。その動作を何度かして古田は何かを考えた。そして煙草に火をつけて一息つき、彼は口を開いた。
「…ひょっとして。」
「なんねんトシさん。」
「悠里は親父に何かの期日を確認した。そして悠里はそれを了承。奴はそれを即座に行動に移すため会社を後にした。」
「おう。」
「すなわち悠里は親父に何かを命令され、それを期日までに完了させるために消えた。」
「あ・あぁ…なんかさっきからトシさん、おんなじこと言っとるような気がするんやけど…。」
「片倉。コミュの定例会ってやつは明日の何時からや。」
「19時。」
「んなら今からその時間までに悠里は下間の命令を遂行するってことや。」
「まあ。そうとも取れる。」
「…となるとあれや。やっぱり最後の悠里のフレーズが気になる。」

「…なにせ相手は歴戦の猛者ですからね。」

「おい…待てまトシさん…。俺、いまピンときてんけど。」
「なんじゃい。」
「まさか仲間割れしとるんじゃないやろうな。あいつら。」
「仲間割れ?」
「それなら悠里がなんか不安めいた声そのセリフ吐くのも分からんでもない。」
「おい片倉。おめぇはその歴戦の猛者って奴が鍋島やって言っとるんか…って…あり得る…。」
「…まさか…粛清。」
片倉は冨樫に仁川の情報を表示させるように命じた。
「…ほうや。トシさん。あいつのツヴァイスタン時代のあれ…。」
「悠里のツヴァイスタン時代?」
「悠里は幼少期から秘密警察に出入りしとったのは内調(内閣情報調査室)からの情報で確認されとる…。」
「あ…。」
「確かに鍋島はコンドウサトミとして下間らと連携しとるように見える。ほやけど俺と神谷をバイクでぴったり付けて襲撃する素振り見せたり、直接俺はの電話に電話かけてきたり、相馬卓と直接会ってみたり、佐竹らを熨子山の墓地公園に引っ張りだしたり、下間らと一線を画する動きも見せとる。」
「ひょっとするとそれは警察側の撹乱を狙う計算されたものやったんかもしれん。けどただの鍋島のスタンドプレーやった可能性もある。ほしたら話は変わってくるな。」
「組織との協調を無視する動きが目立ってきた鍋島を下間らが粛清する方向で動いた。そう考えることも出来んこと無いな。」
「その期日が明日の19時まで。」
「十分に考えられるぞ、トシさん。」
片倉は時計に目を落とした。時刻は17時半を回ろうとしている。コミュの定例会開催まで残された時間は24時間とちょっとだ。
「片倉。ワシはいま相馬の家に向かっとる。あそこで鍋島を迎え撃つ算段やが、ひょっとすっとそこに悠里がひょっこり登場なんてことも想定せんといかんかな。」
「駄目や。そいつは一番厄介や。住宅地やぞ。そんなところでトシさんがいっぺんに2人と遭遇っちゅうとなにが起こるか分からん。いまは鍋島との直接的な接触は待て。」
「じゃあどうすれんて。」
「鍋島の動きはこっちでまだ把握できとらんけど、悠里は今んところ理事官直轄のチームが付けとる。仮に悠里が鍋島と接触を試みようとしとるんなら、トシさんが相馬ん家で鍋島を待ち伏せする必要はない。悠里は鍋島の動きを把握しとるはずや。」
古田と連絡を取り合う中、片倉の携帯にキャッチが入った。
「トシさん。ちょっとまってくれ。とにかくあんたは相馬ん家で待ち伏せちゅうことだけはやめてくれ。」
「おい。」
「いいから。頼むぞ。」
そう言って片倉は通話を切り替えた。
「はい片倉です。」
「巻かれた。」
「え?」
「悠里に巻かれた。」
片倉は頭を抱えた。
「…ってことは。」
「奴はこちらの動きに気がついた。」
片倉は額に手を当てて部屋をうろうろし出した。
「すまん。」
「待ってください理事官…。いま考えとりますから…。」
「こっちの動きを悠里が知ったとなると、今後のやつらの動きはまた読めなくなる。」
「待ってください…。」
「こうなったら隠密作戦はやめて、捜査員を大量投入するしかないか。」
「待てって言っとるやろ!!」
この大声ため、その場は空気すら沈黙したかのような静寂が包み込んだ。
「一枚岩じゃない。」
「…なに?」
「あいつらは一枚岩じゃないんです。」
「どういうことだ。」
「悠里には期日が切られとる。」
「は?」
「あいつはその期日までに鍋島をどうにかせんといかん。…そうや。悠里じゃない。鍋島や。鍋島を捕捉せんといかん。」
「だから捜査員の大量投入…」
「だめです。第一いまからそんなことやっても準備に時間が掛かる。物理的になにもできん。」
「…しかし。」
「実はこんなことをやってましたって言ったところで、無能のレッテルを朝倉に貼られるだけです。それにそれをやったら、いままで極秘に積み上げてきた捜査も協力者の労も水の泡ですよ。」
松永は何も言えない。
「理事官。あいつらは一枚岩じゃありません。鍋島を粛清するために秘密警察が動いとる。」
「…悠里が?」
「根拠はありません。勘です。」
「勘…か…。」
「ここまで来たら現場の勘で進めるしかありません。」
「どうするんだ。」
「鍋島を引っ張り出します。悠里は鍋島と接触します。悠里に巻かれたとなると鍋島をおびき寄せるしかありません。」
「その先が相馬の家なんだろう。」
「いえ。」
この片倉の否定に松永もその場に居た神谷も冨樫も息を呑んだ。
「佐竹を使います。」
「佐竹?」
「そして冨樫と神谷も。」
「えっ?」
片倉は2人を見つめて頷いた。
「んで俺はそっちに行きます。」
「何?」
「あとは現場に任せます。」
松永は黙った。
「片倉。お前、一色が伝染ったか。」
「俺はあの人にはなれませんよ。」
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