2016年07月25日

104.2 第百一話 後半



ーツヴァイスタンの下間宅ー
「はぁはぁはぁはぁ…。」
息を切らす下間悠里の目の前には、家政婦とその子供の無残な遺体が転がっていた。
「に…兄さん…。」
悠里の背中に麗は声をかけた。
「来るな…はぁはぁ…。」
「兄さん…。」
「うるさい!!」
持っていた鍬を悠里は力なく床に落とした。
麗は悠里がいる部屋の様子を見た。あたり一面に血しぶきが飛び散っている。悠里にも大量の返り血のようなものが付着していた。
「お…お母さん…。」
「黙れ!!」
麗の身体が震え出していた。
その時である。家の扉が開かれた。振り返るとそこに男がひとり立っていた。
「イ…イマガワ…さん?」
男は麗の方をちらりと見て、そのまま立ち尽くす悠里の側に立った。
「良くやった。」
未だ息を切らす悠里の肩を叩いて彼はこう言った。
「この家政婦は党の規律に違反して幹部に賄賂を渡していた。それを自らの手で処分したお前は素晴らしい。」
「はぁはぁはぁ…。」
「これでお前は党のエリートコースを歩める。」
「え…?」
「特別学校だよ。おめでとう。」
「どういうことですか…。」
今川は横たわる遺体を覗き込んだ。そして手袋をはめ家政婦の胸元を調べた。
「ほうほう…几帳面にメモしてあるな。」
彼の手には一冊の手帳のようなものがあった。
「こっちから渡した金はほぼ全額幹部のところに行ってるか…。ミカイル、ヴィチャスラフ、ヤロポロフね…。これは物証になるな。」
「あの…。」
「これで奴らは俺の統制下に置くことができる。」
「え?」
立ち上がった今川は再び悠里を見た。
「特別学校のこと、お前知ってるよな。」
「…あ…はい…。」
「党に忠誠を誓う秘密警察養成学校。ここに入ることはその後の人生を約束されたと同じ意味を持つ。」
遺体に背を向けた今川は悠里の頭を撫でた。
「おめでとう。」
人を殺してしまったというのに自分が褒められ、祝福さえされていることに悠里は戸惑いしか感じなかった。
「え…でも…。」
「うん?どうした?」
「ぼ…僕は…人を…。」
「いいんだよ。これで。俺はお前を試した。」
「え…?」
「正確に言うと試験だ。」
「試験…?」
「ああ。特別学校の卒業要件のひとつに規律違反分子を自分の手で処分するというのがある。」
「え?」
「お前はその特別学校に入学する前に、自分の力で規律違反分子を調べあげ、処分まで成し遂げた。入学前に卒業要件を満たすなんて人材はなかなかいない。首席入学だな。」
「お…おれ…が…。」
「ああ。卒業すればお前は晴れてオフラーナ(秘密警察)の一員だ。」
瞬間、一定の距離をおいて二人のやり取りを呆然と見ていた麗が間に割って入った。
「麗…。」
彼女は床に転がる鍬をその小さな身体でもってなんとか持ち上げた。
「どうしたんだ…麗…。」
「なんだ…こいつ…。」
今川が訝しげな顔をした瞬間、彼女が手にする鍬は目の前に横たわる家政婦の息子の頭蓋めがけて振り下ろされた。
「麗っ!」
鈍い音が部屋に響くと同時に、床に広がった血だまりに足を滑らせて麗は転倒してしまった。
「麗っ!何やってんだ!」
悠里は咄嗟に彼女を抱きかかえた。その時である。彼の目に床に転がる一丁の拳銃が映りこんだ。
「え…。」
「こいつ…兄さん狙ってた…。」
胸元から拳銃を取り出した今川は消音化されたそれで、家政婦の息子の腹と頭部めがけて発砲した。またたく間の出来事だった。
「なんて子だ…。」
銃をしまった今川は座り込んで麗の顔を覗き込んだ。
「悠里もそうだが、麗。お前も相当見込みありだな。」
頭を撫でられた麗はその後のことをあまり覚えていない。

「え…それって…。」
「…長谷部君が今思ってるとおりよ。」
「そ…そんな…。」
「私も兄さん同様人殺し。」
自分の体から一気に血の気が引いていくのを長谷部は感じた。
「兄さんはそれから間もなく特別学校に入学して飛び級で卒業してオフラーナに入った。わたしは女だからあそこには入れないの。その代わりなのかわからないけど、次にあてがわれた男のお手伝いさんが私にいろいろ教えてくれた。お小遣いもいっぱい貰ったの。」
長谷部は無言である。
「わかったでしょ。」
「…え?」
「イマガワがすべての元凶なの。イマガワがウチに介入さえしなければ私も兄さんもこんなことになってなかった。」
「…。」
「後で分かったんだけど、父さんを日本での任務に従事させたのもイマガワだったの。」
「え?」
「留守になる下間家に家政婦を送り込んだのもイマガワ。それを始末させたのもイマガワ。不正を働いていた幹部連中を脅してツヴァイスタン内での地位を確率できたのもイマガワ。イマガワさえ居なければ私らは普通にあの国で生活できた。」
「何ねんて…それ…。」
「私の家は気づいたらイマガワの統制下に置かれてたってわけよ。」
長谷部は呆然とした。
「どう?話し合いでなんとかなる?」
「え…。」
「ねぇ話し合いでなんとかなる?」
「そ…それは…。」
麗はため息をついた。
「お願い…。なんとかなるって言って…。」
「え?」
「長谷部君しか頼れないの…。」
「そ…そんな…。」
再び長谷部の携帯電話が震えた。彼は無意識のうちにそれを手にした。
「あ…。」
相馬からの着信であった。
「相馬…。」
「え?相馬くん?」
「だめや…俺…今、とてもあいつの電話なんか出られん…。」
ポケットにしまおうとした矢先、それは麗によって奪われた。
「ああっ!」
受話ボタンを押下した麗は相馬からの電話に出てしまったのであった。
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104.1 第百一話 前半



「私の名前は下間麗。」
「は?しもつま?」
麗は頷く。
「下間って…本当にあの原子力工学の下間の…?」
「そうよ。そして私は日本人じゃない。私の国籍はツヴァイスタンなの。」
「ツヴァイスタン?ツヴァイスタンってあの…ツヴァイスタン?」
「そう。ツヴァイスタン人。日本とは国交を持っていない中央アジアの貧しい国よ。私はあそこで下間芳夫の娘として生まれた。」
長谷部の携帯が止まった。
「私の父さんも母さんもれっきとした日本人なんだけど、ある時期からツヴァイスタンに行っちゃって。私はそこで生まれた感じ。」
「ごめん。全く意味が分からんげんけど。」
「ごめんね。」
長谷部は自分の目の前で起こっている出来事が何なのかさっぱりわからない様子である。
「長くなるけど聞いてもらえる?」
「…もちろん。」
はっきりしない表情で彼は彼女を見た。
「1970年代って長谷部君も知ってるように、ほら、学生運動とかって盛んだったじゃない。」
「ああ70年安保とか聞いたことある。」
「うん。私のお父さんとお母さんはその時学生運動の中心にいて、そこで知り合って結婚したの。」
「学生結婚?」
「うん。で、その運動の精神的主柱になるのが反日・共産主義思想でね。私の両親はそれにどっぷり浸かった。長谷部君も知ってる通り安保闘争は結局失敗した。でも私の両親はなんとか革命を成し遂げたいって、当時地上の楽園って言われたツヴァイスタンに渡ったわけ。あそこはほら共産国でしょ。そこで再起を図ったわけなの。そこで私も兄さんも生まれた。」
「え?よく分からんけどそんなことってできるんけ?」
「結果として今の私があるんだからできるんでしょ。細かいことは端折るわね。」
「ああ…。」
「地上の楽園で家族みんなで生活できる。これって最高なことだと思わない?」
「う・うん…。」
「偉大なる指導者のもとでの公平・公正な社会。私有財産なんて醜悪なものは無く、すべてが共同財産。国民一人ひとりが高潔な目標を持って社会を良くしていく。なんて理想的な世界かしら。」
ここ日本でもツヴァイスタンについての報道はある。そのどれもがすさまじい格差社会となっている彼の国を批判的に報じるもので、長谷部は麗のこの言葉に同意できない表情を見せた。
「嘘だと思ってるでしょ。」
「…俺が知るかぎりやと…。」
「そうよ嘘よ。」
あっさりと嘘を認めた麗に長谷部は拍子抜けした。
「あの国は楽園なんかじゃない。ここでの報道の通り壮絶な格差社会よ。いいえそれ以上のものよ。私利私欲が渦巻く醜い社会。共同財産の名の下ですべてが党のものになり、それを党の上層部が独占する。末端の人間は未だに藁屋根、土壁のひどい家で生活して、今日一日の食べのもの工面に奔走するって有様よ。もちろん学校なんてものにも行けない人が大多数。」
「じゃあ…ってことは岩崎さんも。」
「岩崎じゃない。麗よ。」
「あ…。」
「岩崎は止めて。」
「あ…う・うん…。」
「幸い私は父さんが党のまあまあなポジションにあったから、恵まれた生活を過ごしていたわ。食事にも普通にありつけるし、本もたくさん読むことができた。つまり党の要職に就かないことには人間らしい生活が全くできない国なのよあの国は。私はあの国では比較的恵まれた環境で育ったの。」
麗は再び煙草に火をつけた。
「あの国のような社会システムは党がすべて。国家の上に党があるって感じ。国家は党の所有物なの。党は指導者を頂点として、一握りの執行部によって意志を決定する。私ら党員はそれらの決定事項にただ従うだけ。党の言うことを忠実に聞いて実行さえしていれば、それなりの生活が保証されている。けどそれは逆のことも言えるの。」
「それは…。」
「党の決定に反論すれば生活が保証されないってこと。」
「…そういうことになるね。」
「私の母さんは私を産んでから病気がちになってね。私が3歳位のころには入退院を繰り返すような状態だった。父さんはいつも仕事の帰りが遅くって、そんな母さんの看病しながら私とか兄さんの面倒見るんだから、正直キツ買ったっと思う。あの時の父さん、いつも目の下にクマ作ってたわ。」
「そうなんや…。」
「そんな父さんがある日、日本にしばらく行くって言って突然家から姿を消したの。父親が居なくなって病床にある母さんを抱えた下間家は兄さんの双肩にかかった。」
「兄さんってその時幾つやったん?」
「私と9つ離れてて、その時12。」
「子供やがいね。」
「そうなの。父さんは党の命令で日本に行ってたから、給料は普通にウチに払い込まれてて経済的に困ることはなかった。でも子供だけで家の面倒を見るのは流石に難しかった。そんな時にある日本人が家を訪ねてきたの。」
「日本人?なに?下間さんとおんなじように日本からツヴァイスタンに渡った人っておるん?」
「何人か居たらしいの。けど、あの国で他の日本人とコンタクトとったことはない。っていうか取れないことになってる。」
「じゃあその日本人って。」
「さあ…。どうなんだろうね。」
「でも…ツヴァイスタンって日本と国交無いげんろ。」
「うん。」
「なんねんろうな。その日本人って。」
「その人がイマガワなの。」
「え?」
「病気がちの母さんを小さい子供だけで面倒を見なくちゃいけない大変な時に、救いの手を差し伸べてくれたのがそのイマガワ。イマガワは家事を手伝ってくれる家政婦さんみたいな人を用意してくれた。」
「え…それやったらイマガワって下間さんの恩人ってことになるんじゃないが?んなんになんでその人が抑圧するっていうが?」
「はじめは本当に救世主だった。」
「はじめは?」
麗は頷く。
「だって私は3歳。母さんは病気。兄さんは父さんの代わりに私の面倒と母さんの看病、家事、学校を全部一人でこなさないといけなかった。それを助けてくれる人を用立ててくれたんだから。しかもお金はイマガワが出すっていうんだよ。」
「そ・そうやよね。でもなんでそれが?」
「…イマガワがウチに来たのはその日だけ。それから家政婦がほぼ毎日うちに来て家の面倒見てくれた。おかげで何不自由ない生活を私らは送ることができた。でも1年ほどしてなんだか家の様子がおかしくなったの。」
「家の様子がおかしい?」
「具体的に言うと家政婦の様子がおかしくなったの。」
「え?どう?」
「家政婦は家に来て間もないころは本当によくやってくれてた。私らの遊び相手もしてくれたし、母さんの看病も献身的にしてくれた。でも半年ほどして彼女は家事をサボるようになった。」
「本当け…。」
「見かねた兄さんは家政婦に問いただしたの。お金貰ってるんだったらちゃんとそれに見合った仕事しろってね。」
「うん。」
「そうしたらこう言われたの。『私はお前からお金を貰ってるんじゃない。勘違いをするな。よそ者のくせに。』って。」
「よそ者…。そりゃあそうやけど金もらっとる以上仕事くらいはちゃんとやってもらわんと。」
長谷部に怒りがこみ上げてきた。
「普通そう思うわよね。それにその家政婦はよそ者のイマガワからお金貰ってるんだから。」
「そうやって。」
「でもそんなことはどうでもいいの。長谷部君。ツヴァイスタンを舐めちゃいけないよ。あそこはとにかく党の上位に座った人間が強いの。」
「どういうことけ。」
「家政婦はイマガワから受け取った金を、別の党の幹部に貢いでいた。」
「は?」
「彼女はイマガワとの契約が切れるとそれで金が切れる。でも党に取り入ることができたら、ゆくゆくは自分とかその子供とかが党の幹部になることができて、搾取される側から搾取する側になる可能性だってある。そうなれば生活は安泰でしょ。変なよそ者の面倒をみるよりも堅実なライフプランが練られる。そっちを採ったってこと。」
「まじけ…。」
「それだけなら私は何にも思わないわ。あの国じゃよくあることだもの。」
「じゃあなんで。」
「我慢の限界がきたの。」
「どういうこと?」
「家政婦が家のお金に手を付けだした。」
「え…。」
「兄さんはこれに猛抗議した。けど家政婦は意に介さない。むしろ開き直ってウチに居座った。そして好き放題にやり始めた。知り合いとかを勝手にウチに入れて酒を飲みだしたり、男を連れ込んだり、自分の子供を連れてきたりって。」
「うそやろ…。ってかそんなことになる前にイマガワに言ってその家政婦、家から追い出せばよかったがいね。」
「だってイマガワと連絡とる手段がなかったの。どこの誰かもわからない日本人でしょ。ツヴァイスタンの人達に聞いても誰もあの男の事知らない。」
「じゃあこっちから強制的にその家政婦追い出せば。」
「できないの。その時すでに家政婦は党の幹部に取り入ってたの。だから私らが政府の出先機関に何かを訴え出ても却下。むしろ家事の全てをやってるんだったら、労働の状況から見て家政婦のほうが正しいとかいう始末よ。」
「なんねんそれ…。」
「そこでとうとう兄さんがキレたの。」
「キレたって?」
「その家政婦を殺した。」
「え…。」
「家政婦だけじゃない。その子供も。」
「う…嘘やろ…。」
「本当よ。」
「え…下間さんのお兄さんは…。」
「ええ…人殺しよ。」
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2016年07月18日

103 第百話



相馬と京子はリビングのソファに掛け身体を寄せ合っていた。
「お母さん何も言ってこんね…。」
「いいげん。このままが良い。」
相馬は京子の頭を撫でた。
その時である、京子の携帯の画面が光った。
「あ、携帯光った。」
「え?」
京子はそれを手にしてすぐにそれをテーブルに戻した。
「何や?」
「どうでもいいやつ。」
「どうでもいいやつ?」
「うん。SNSの通知。」
「え?いいが?」
「だって付き合いだけで入れとるもん。しばらくアプリ起動しとらんかったら、友達がこんなこと書いとるからウォール覗けって言ってくるげん。大きなお世話やわ。」
「無視け。」
「無視じゃないよ。スルー。」
「同じことやと思うけど。」
相馬のこの言葉を受けて京子は渋々再び携帯を手にとった。
「意外とおもろいこと書いとるかもしれんよ。」
「どいね、SNS嫌いやって言ってアプリとか一切入れとらんくせに。」
「あ…ごめん。」
「どうせご飯の写真とか、どっかに行ったとか、意識高いコメントとか、シェアさせていただきますとかってリア充自慢ポストばっかやって。」
「リア充ね…。」
「あ、リア充じゃなくて拡散希望やった。」
「拡散希望ね。よく見るね。記事のタイトル部分だけ書いてURL貼り付けとるやつやろ。そんなんに限って大したネタじゃないんや。」
「…。」
相馬に寄りかかっていた京子はソファに座り直し、無言で携帯の画面をじっと見つめた。異変に気がついた相馬は彼女に声をかけた。
「どうしたん?」
「周…。ちょっと…これ…。」
「何?」
京子の携帯を覗き込むと見覚えのあるページが表示されていたため、相馬の動きが止まった。
「ほんまごと?」
京子がほんまごとのページを開いていることが第一義的に驚きであったが、次の瞬間それは別の驚きに置き換わっていた。
「何?周このサイト知っとらん?」
「…あ…ちょっと。」
至急報1と題された記事を読み、彼は戦慄した。
「藤堂豪は鍋島惇?」
「ちょっと周…このサイトって何なん?」
「黙って。」
相馬は記事を読み進めた。
「え…待ってくれま…村上さんは鍋島さんに殺されたって?…それ今までの情報と逆やがいや…。ってか警察に鍋島の協力者がおったって?え?残留孤児3世?…は?ツヴァイスタンからの資金提供…。藤堂豪こと鍋島惇はかつて一色の交際相手だった女性を…レイプ…。穴山と井上はそのスケープゴートで、そのレイプ事件の真の実行犯は鍋島…。その鍋島は現在、ここ石川県に潜伏中…注意しろ…。」
「周…。」
「…マジか…。」
「ねぇこのサイトって信用できらん。」
京子を見ずに相馬はそれに答えた。
「あ…昔、熨子山事件のこと知りたくてネット漁っとったら、このサイト引っかかって一応フォローしとったんやけど…。」
「ぱっと見た感じ、結構掘り下げていろんな記事書いとるみたいやね…。」
「ああ…。」
「ねぇ周…さっきの一色さんの手紙の件。」
「え?」
「ほら『いろんな人達が自分の力の限りを尽くして、いま香織ちゃんをコミュから遠ざけることを実行しているでしょう。』ってやつ。」
「それがどうかした?」
「このブログってのも…その一環とか…。」
「まさか…。」
「だってタイミング良すぎん?」
「まぁ…。」
「でも…これ本当のことやったとして、私ら何できるん?」
「え…。」
「何か分からんけど私らの知らんところで、すっごい大っきい何かが動いとる。私らはその中でひとつの役割を担わされとる。そんな気する。」
「京子ちゃん…。」
「多分、お父さんもこのことでいま何かしとる。ねぇ周。私らはいま何せんといかんげんろ。」
京子の表情が変わった。先程までの悲哀に満ちた表情とは打って変わって目に力が宿り、凛とした顔つきになっている。
「俺らの役割は岩崎さんをコミュから遠ざけること。それ以上でもそれ以下でもない。」
「岩崎さんっていまどんな感じねんろ。」
「長谷部に聞いてみるか。」
「うん。」

石川県庁から白山市方面に向かって伸びる海側環状線を走行する1台の車があった。
「聞かないの…?」
「え?」
「長谷部君、私迎えに来てから何もしゃべらない。」
「…。」
助手席に座る岩崎の方を見ずに長谷部はゆっくりと口を開いた。
「聞いて欲しい?」
「え?」
「…俺は何かやっきねーことがあったらさっさと寝て忘れるか、そこらへんブラブラして頭空っぽにしてなんとなくそいつを考えんようにしとる。結局のところその手のやつは時間しか解決してくれんがやわ。」
「…。」
「まぁ話聞いて少しでも気が紛れるなら聞いても良いけど。結局、そのなんか引っかかるもん解決するのは岩崎さん自身やよ。」
「…そんなのわかってる。」
岩崎は髪の毛を掻き上げた。
「時間が解決してくれそうもないの。」
「え?」
「むしろ時間が経てば経つほど、事態が悪くなるような気がする。」
「なんねんそれ。」
岩崎はため息をついた。
「あのね…。」
「なに?」
「わたし勘当されちゃった。」
「え?」
「ひとりで生きて行けってさ…。」
「なに…どういうことねん…。」
「わたしが長谷部君と合っているの、どこかで気づいたらしいの。」
「え?まさか岩崎さんの親が?」
「ううん…兄さん。」
「兄さん?岩崎さんって兄弟おったんや。」
岩崎は頷いた。
「え…でも俺と岩崎さんが会っとること気づいて、なんで…勘当…。」
「長谷部君。私みたいにいろんな女の子誑かしてたでしょ。」
「え…。」
長谷部は思わずブレーキを踏んだ。車はそのまま徐行しハザードランプを点けて路肩に停車した。
「なんだかね…兄さんが長谷部くんのこと調べたの。」
「…俺のことを調べた?」
「うん。」
「…どう調べた?」
「大学入学当初は県庁の職員になって、石川の未来をこの手で作るって意気込んでたけど、それはいつの間にか拝金主義へと転向。ネットワークビジネスに手を出すがそれは失敗。ころころと主義主張を変え、関心事は女性に移り、言葉巧みにいろんな女の人に手を出した。」
長谷部は何も言えない。
「大学に入ってから長谷部君と肉体関係をもった人は33名。悪魔のような男だって。」
「悪魔…。」
「そんな悪魔に誑かされてお前はその34人目にノミネートしようとしている。汚らわしいって。」
長谷部は岩崎の顔を直視できない。彼は思わず窓の外を眺めた。
「やっぱりそうなんだ。私から顔を背けるって事は思い当たるフシがあるのね。」
煙草を取り出した岩崎はそれを咥えて火を付けた。
「俺のせいで…」
岩崎は煙を吹き出した。
「そうよ。長谷部くんのせいで私、勘当されちゃった。」
長谷部は自分の口のあたりを手で覆った。妙な汗が彼の首筋に湧き出てくる。
「変よね。そんな悪魔みたいな男とちょっと一緒にいただけで、まるで私が長谷部君と付き合ってるみたいに決めつけて。」
「え?」
「だってそうでしょ。一緒に駅前のショッピングセンターに行っただけ。」
「あ…。」
「別に男と女の関係をもったわけじゃない。」
「う…うん…。」
「ねぇ長谷部君。」
「なに?」
「兄さんが言った通り、私もその33人と同じなの?」
「え?」
「私もあなた暇つぶしの道具のひとつなの?」
「それはない。」
長谷部は即答した。
「じゃあ何なの。」
「特別な存在や。」
「それはどういうこと?」
「いつも笑顔でおってほしい存在。」
「わかりにくい。」
「岩崎さんの壁になっとるようなことがあったらなんとかしたい。ただそれだけ。」
「そうすることでどうなるの。」
「岩崎さんが楽しければ俺も楽しい。」
「それは33人の女にも言ったんでしょ。」
長谷部は黙った。
「他の女もその手口で落としてきたんでしょ。」
深い溜息をついた長谷部はゆっくりと頷いた。
「じゃあなんで私と他の女は違うって言えるの。」
「…だって…。」
「だって何?」
「だって好きになってしまったからしょうがないがいね。」
「え?」
「さっき岩崎さん言った俺の過去のエピソード、完璧や。正解。確かに俺は変節漢かもしれん。んで手当たり次第女の子と関係をもった。そうただヤるだけのために。」
「最低…。やっぱり悪魔だわ。」
「でも岩崎さんは違う。」
「何がよ。」
「変に思わんで欲しいんやけど、そういうヤリたいとかって気がおきんげんて。」
「は?」
「女としての魅力がないとかじゃないげんよ。元に岩崎さんは誰が見ても綺麗や。俺もそれに惹かれた口や。けど、なんか違うんやって。」
過去の実績がありながらこういうセリフをいけしゃあしゃあと言える長谷部が奇妙に見えて仕方がない。
「どう違うっていうの。」
「この間も言ったかもしれんけど、無理しとるっていうか、何か仮面を被っとるっていうか…。」
仮面という言葉に岩崎は口をつぐんでしまった。
「俺の思い込みかもしれんけど何かに抑圧されとるように見えるんやって。だってこの間の岩崎さん、全然別人やったし。確かに服とかで別人に見えたけど、それ以上になんかすっきりしとった。重たいもん抱えとらん感じがしとった。んで俺、そんな岩崎さん見てなんか嬉しくなった。純粋に魅力的に見えた。」
「…。」
「何が岩崎さんが抑圧されとるって思わせるんかは分からんけど、なんかその重しを取っ払いたい。そう思っとるんや。気が付くといっつもそう考えとるんや。」
「…。」
「多分、それが本当に好きになるってことなんやと思う。」
「長谷部君...。」
「でも、俺は歓迎されん人間みたいや。岩崎さんにも岩崎さんのお兄さんにも。」
「…。」
「しゃあないな。そりゃ誰だって俺の過去の実績見たら信用なんかできんわ。」
「…。」
「気がついたら俺が抑圧する側の人間やったってことや...ははは…。」
「長谷部君。」
「ははは...笑えるわ…。ダラやな…俺…。」
目を合わせずにただ、運転席側の窓から外を見つめて話す長谷部から鼻を啜る音が聞こえた。
刹那、長谷部の肩が引き寄せられ強引に振り向かさせられた。
「え?」
岩崎の唇が長谷部の口を覆った。
「あ…。」
「責任とってよね。」
唇を離した岩崎は長谷部を見てこう言った。
「私、もう戻れないの。だから長谷部君責任とって。全部受け入れて。」
「え…。」
「そんなあなたを私も好きになってしまったみたいだから。」
もはや長谷部の頭のなかは真っ白である。彼は岩崎の言葉に何の反応も示すことができなかった。
「あなたは私を抑圧なんかしていない。」
「え?」
「抑圧しているのは…。むしろあいつよ。」
「え?あいつ?」
岩崎は頷いた。
「え?誰よ。」
「知りたい?」
「当たり前やろ。」
「知ってどうするの。」
「何とかやってみる。」
「何とかって?」
「話せば分かるはずや。」
「話せば…。」
「人間話せば分かる。」
「何言ってんの長谷部君。なにあまちゃんなこと言ってんの。」
「え?」
「話が通じない人だっているのよ。話してどうこうなるんだったら、そもそも私だって兄さんに勘当なんかされないわ。」
「何言っとれんて、それは話し合いが足りんからやって。それに岩崎さんに勘当って言ったのはお兄さんやろ。親はそうでもないげんろ。」
岩崎はため息をついた。
「長谷部君。私を抑圧するものから救ってくれるって言ったよね。」
「おう。」
「じゃあお願い。」
岩崎は鞄の中からスケッチブックを取り出して、その中のひとりの人物のイラストを長谷部に見せた。
「この人が私を抑圧するの。」
「え?誰?これ。」
「イマガワって男よ。」
「このあごひげ蓄えたイケメンがイマガワ。」
「ドットメディカルのお偉いさんよ。」
「ドットメディカル?え?なんでドットメディカルのお偉いさんが岩崎さんを?」
「私だけじゃない。兄さんも父さんもこの人によって抑圧されている。」
「え?お兄さんとお父さんが?」
「この人の呪縛から私達を解き放って。」
「え…ちょっと待って…。家族ぐるみでなんでこいつに?」
「人質に取られているの。」
「は?人質?」
「うん。私のお母さんが。」
わけがわからない。長谷部は頭を抱えた。
「意味分かんないよね。」
「うん。さっぱり分からんわ。」
岩崎は深呼吸をし、意を決したような顔つきで長谷部と向き合った。
「長谷部君、ごめん。わたし…岩崎香織じゃないの。」
「へ?」
「長谷部くんの言ったとおりよ。私、岩崎香織って別の人間の仮面をかぶっていた。」
さらに長谷部は混乱した。
「私の名前は下間麗。下間芳夫は私のお父さんよ。」
「は?」
沈黙が覆う車内で長谷部の携帯が震える音だけがこだましていた。
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2016年07月14日

102.1 【お便り紹介】



今回はいぬおとこ三郎さんからのお便りを紹介します。
エピソードのアーカイブについて/SeesaaとWEBサイト/短編物語

闇と鮒では皆さまのお便りを募集しています。
お気軽にウェブサイトからご投稿下さい。
よろしくお願いします。
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2016年07月11日

102 第九十九話



「なんだ…何やってんだ…。」
車を運転しながらスマートフォンに表示される鍋島の位置情報をみた悠里は呟いた。鍋島のGPS情報は金沢市内のとある住宅の極めて狭い範囲を移動していることを表示していた。
「こんな狭い範囲うろついていたら、直ぐに顔が割れて警察にパクられるぞ。」
彼は赤色で点滅するそれを拡大表示させた。よく見るとその表示は隣り合う家と家との間を通り抜けるような動きをしている。
「おかしい…。」
一旦車を路肩に停車させそれを手にとった時のことである。
路肩の植木の中から一匹の猫が現れこちらを見た。
「猫…。」
ぷいっと視線をそらして、猫は再び物陰に隠れてしまった。
「まさか…。」
そう呟いた瞬間、手にしていたスマートフォンに着信の表示が現れた。見覚えのない者からの電話である。
「誰だ…。」
通話の表示をタップして、悠里はゆっくりとそれを耳に当てた。
「はい。」
「仁川さんの携帯でよろしかったでしょうか。」
「どちらさまですか。」
「鍋島です。」
「え…。」
「仁川さんでよろしかったですか。」
「…。」
「返事は。」
「…なんだ。」
「くくく...お前さんがねぇ。」
「…何のことだ。」
「惚けんな。親父に言われて俺のこと消そうとしてるんだろ。」
「…。」
「え?悠里。」
「気安く下の名前で呼ぶな。」
「けっ。」
「…鍋島…お前携帯をどこに捨てた。」
「あ?」
「機密情報が詰まった大切な携帯をどこに捨てた。」
「捨ててねぇよ。なんでそんなこと言うんだ。」
「…。」
「わかってるよ。悠里。」
「…何をだ。」
「あそこにGPSの発信機が埋め込まれてて、俺の居所が逐次お前のところ行ってるの。」
「ぐ…。」
「言っとくが捨ててねぇ。ちょっと預けただけだ。だから心配すんな。警察に拾われてお前らの悪事がすべて白日の下に晒されるなんて恐れはない。」
「猫か。」
「よく知ってるな。」
「くそっ!!」
悠里はダッシュボードを叩いた。
「そんなんじゃあ俺をやるなんて無理だ。」
「…。」
「おかしいな〜。ツヴァイスタンで英才教育を受けたはずなのに、そんな幼稚な仕掛けしかできないなんて。あそこの秘密警察ってのもその程度か。」
「うるさい。」
「さあどうするよ悠里。」
「…。」
「目標を見失ったお前はどうやってこの難局を切り抜ける?」
「…。」
「まさかお手上げってことで親父に泣きつくんじゃないだろうな。」
「…。」
「何も言えない…か。相当お困りのようだな。ふっ…。」
「何の用だ鍋島。」
「あ?」
「何の用があって俺に電話をかけてきた。」
「何だと思う。」
「…わからん。」
「なんでこのタイミングでお前に電話をかけたか。」
「はっ!」
咄嗟に悠里は周囲を見回した。
「おっと。」
「え?」
「…気がついたか。」
「…まさか。」
「お前は俺を見失った。しかし俺はお前を捕捉している。」
「な…。」
「絶体絶命だな。くくく…。」
悠里は絶句した。
「仁川征爾が本当に存在するとするなら、こんなヘマはしないだろう。」
「…。」
「東一を卒業し大手商社に入社。その後ドットメディカルの今川に引きぬかれて現在ドットスタッフの代表取締役。なんでこうも優秀な男がそんなヘマをする?」
「貴様…。」
「この誰もが羨むような経歴を持った38歳の仁川征爾という秀才はこの世にいない。お前はあくまでもツヴァイスタンで反乱分子を粛清するしか能の無い下間悠里だ。」
「…。」
「お前らのような共産思想の連中は上の連中の言った通りのことをするしか脳の無いただの組織の一部だ。自分で考えて行動するという発想に疎い。だから現場での臨機応変の対応に弱い。よっていまのこの状態がある。」
「鍋島…貴様何様のつもりだ。」
「ファクトだよ。まぁ落ち着け。」
「くっ…。」
「お前さんは組織の歯車のひとつとしては優秀だった。なぜなら執行部とかっていう連中の意のままに動くことができたからな。それであの国では奴らに気に入られ相応の地位を手に入れた。」
「何が言いたい。」
「指示待ちじゃダメなんだよ。ここじゃあ。自由主義経済圏じゃだれもお前のような人間を助けてくれはしない。個々人が自分の頭で考えて自分の責任で全てを決する。例え日本が世界で最も成功した社会主義国って揶揄される国であったととしてもだ。」
「俺が指示待ち人間だと?」
「ああそうだろう。なにせお前はここでは下間悠里じゃなくて仁川征爾なんだからな。その仮面をかぶっている限りはお前は下間芳夫や今川のおもちゃだ。自由意志も何も持たないただの駒だ。」
悠里は反論できなかった。
「もう辞めな。」
「え?」
「もう辞めろって言ってんだ。そんな駒を演じても何も得るものは無い。」
「お前...なに言ってんだ。」
「別に不思議な事はない。俺がそのいい例だ。」
「何…。」
「お前を見ていると、以前の俺を思い出す。」
鍋島の様子がおかしい。
「生活に困窮すると人間は極端な思想に飛びつく。俺もそうだった。」
戸惑いながらも悠里は彼の言葉に耳を傾けることとした。
「下間は経済的に追い詰められた高校時代の俺に、ツヴァイスタンという貧富の差がない地上の楽園があることを教えてくれた。あいつはそれが本当のことであることを証明するかのように、俺に金を融通した。ツヴァイスタンでは能力がある人間は例えどんな出自の人間であろうと差別することはなく、平等に支えるとな。一色だとかがほざいた友情とか絆とかの精神論じゃない。下間の教えは金という物質的な援助もある説得力があるものだった。俺は下間の望む人間になった。下間の望みは俺の望みだとさえ思った。そう信じて軍事関係の知識を頭に詰め込んで、高校卒業と同時に自衛隊に入隊。一定の諜報活動を済ませて一年で地下に潜った。そこで下間の補助をした。しかしだ。俺はそこで知ってしまった。」
「知ってしまった?」
「ああ。」

ー自衛隊除隊から1年後のある日ー
都内某所の寂れたアパート。その一室の畳の上で鍋島は横になっていた。
「気の毒だが…。」
部屋を訪問した男に背を向けていた鍋島は、ゆっくりと身を起こし彼と向かい合った。
男と彼の間に小さな骨壷が2つ置かれていた。
「遺書は無かった。」
「そうか…。」
「近所の人間が言うには、お前が石川を去ってからというもの家に引きこもりがちになっていたそうだ。」
そう言って男は鍋島に向かって手をついた。
「すまん。」
「やめてくれよ。下間さん。」
「お前に代わって爺さんと婆さんの面倒を見るといった手前で、この始末だ。」
「仕方ねぇって。自殺だろ。」
下間は頷いた。
「金はあってもコミュニケーションがとれないんだったら、そうなっても仕方が無いさ。」
「本当にすまなかった。」
「いいって…。」
鍋島は骨壷を受け取った。
「首吊ったんだってな。」
「ああ…。」
「何か変わったところはなかったか?」
「変わったところ?」
「ああ。」
「…いや…特には。」
「そうか。」
骨壷をバッグにしまった鍋島はそれを担いで立ち上がった。
「どうした?」
「うん?」
「どこに行く?」
「ちょっと爺さんと婆さんの思い出を辿りに。」
「家は引き払ってしまったぞ。」
「あぁいいんだよ。あのあたりをぶらぶらしてちょっとぼんやりしてみたいんだ。」
「そうか…。俺も行こう。」
「やめてくれ。ひとりにしてくれ。俺だって感傷にひたることだってあるって。」
「そうか…。」
電車に乗り鍋島は金沢へ向かった。越後湯沢で乗り継いで金沢についた時にはその日の夜だった。
北高からそう離れていない住宅地の一角にみすぼらしい平屋建住宅が何棟か建っている。その中に入居者募集の看板が掲げられている建物を彼はしばらく見つめた。
「じゃあ。」
そう言って彼は空の家に背を向けた。
徒歩で5分のところに誰もいない公園があった。付近の家から漏れ出てくる灯りがそこを辛うじて照らしていた。鍋島はそこのシーソーに腰をかけた。
「うん?」
彼の前を音も立てずにヒタヒタと歩いているサビ柄の1匹の猫がいた。
「チー…。」
バッグの中から猫のエサが入った袋を取り出してそれを振ると、ガサガサという音に反応してこちらにやって来た。
猫は警戒することなくこちらに向かってくる。彼が手にする袋を見つめてミャーミャーと鳴くだけだ。
足元に体を擦り付ける猫の姿を見て、鍋島はそれを抱きかかえた。しかし猫は嫌がるようにジタバタする。
「俺よりもメシかよ。」
そう言って彼は着けられていた首輪を外し、猫を腕から放した。地面に立った猫は相変わらず鍋島に向かって鳴く。呆れた顔で餌を地面に盛ると、猫はそれを貪り始めた。
「チー…。嫌なもん見ちまったな…。」
鍋島の言葉に猫は何の関心も示さない。
「ひでぇ事するぜ…。」
首輪を握る鍋島の手は震えていた。

「嫌なもの?」
「ああ…分かるか?」
「いや…。」
「妙な連中がウチのあたりをウロウロしてるのは昔から俺は知っていた。」
「え…。」
「爺さんも婆さんも薄々気づいていた。自衛隊に入隊するって決まった頃からなんとなくな。下間さんとは別のところで俺らの動向を監視している変な奴がいるってな。」
「何だって…。」
「それが誰だかは正確には分からない。おそらくツヴァイスタン絡みの人間なんだろう。下間さんはあくまでもそいつらの駒の一部。あの人は俺らの経済的援助っていう役割だけを果たす。一方でその妙な奴らは俺らの行動を監視するって具合さ。」
「…。」
「俺らはただでさえ純粋な日本人と違って周囲の目を気にしないといけない存在だ。それなのに輪をかけるように得体のしれない人間の目が光っているんだ。気持ち悪いっちゃあありゃしねぇ。経済的にも精神的にも肉体的にも自立していれば、さっさとそんなもんから決別して自由に生活できるところに引っ越せる。しかし残念ながらその時にはそのどれもが俺の家には無かった。だから俺らは現状を受け入れた。」
「経済的援助と引き換えに自由を捨てる。」
「そうだ。俺らは常に監視の対象だ。自由勝手な行動は出来ない、常に何かの統制下にある。統制下にあるということは生殺与奪権をそいつらに握られているってことでもある。俺らはそれをいつの頃からか意識していた。その中で俺らは取り決めをした。」
「取り決め…。」
「ああ。連中の生殺与奪権が発動されれば俺らは即死。身内も親しい人間もいない中、その死は闇に葬り去られる。せめて残された人間に手がかりになるものを残して、何かしらの意志を託す。」
「意志を託す…。」
「チーはウチで飼っていた猫だ。普段は首輪なんかしていない。こいつがそれを着けた時、生殺与奪権が発動したことになる。」
「…。」
「つまり用なしになった俺の爺さんや婆さんは自殺に見せかけて、奴らに殺された。」
自販機で飲料を購入した鍋島はその栓を開けた。
「今度は用なしになった俺がお前に殺されそうになっている。」
悠里は周囲を見回した。相変わらず鍋島の姿を見つけることができない。
「…ふっ。どの口が言う。お前は俺を補足している。だが俺はお前の姿を捉えられない。逆だろ。」
「まぁそうだ。」
鍋島は飲料を飲み干した。
「止めておけ。」
「はいそうですかとは言えないってことは、お前も分かるだろう。」
「…分かるがどこかで止めないことには、一生自由というものは手に入らない。お前は仁川征爾のまま生きていくことになる。」
「仕方が無い。そうしないと俺の生命そのものが危うくなる。」
「そうか…。」
「そうだ。」
「わかった。」
「何がだ。」
「2時間後、北高に来い。」
「は?」
「お前にチャンスをやる。」
「なに…。」
「2時間の間に自分の身の処し方を考えておけ。北高での行動がその後のお前の人生を左右する。」
「何を偉そうに…。」
「俺にとってもな。」
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2016年07月04日

101.2 第九十八話 後半



「はい…ええ…そうですか…分かりました…。」
電話を終えた古田は首を回して凝った肩をほぐした。
「どちらからですか。」
「いや、ちょっと…。」
「まさか課長からですか。」
「いや。」
「いいじゃないですか警部。」
パソコンを睨んでいた冨樫が神谷の詮索を止めた。
「ねぇ古田さん。」
古田はニヤリと笑って冨樫に応えた。
「あ…冨樫さん。」
「マサでいいですよ。」
「あぁマサさん。ちょっと検索して欲しいんやけど。」
「なんでしょうか。」
「平仮名で『ほんまごと』っちゅうサイトねんけど。」
「『ほんまごと』?ですか?」
「おう。」
素早く彼はそのサイトを画面に表示させた。
「え…なんですかこれ…。」
「うん?」
「これ…熨子山事件のこと書いてあるブログじゃないですか。」
「おう。マサさんはこれ知らんかったんけ。」
「ええ…ちょっと待って下さいよ…。これ…そこいらの週刊誌とかよりもよっぽど確度が高いネタ転がっとるじゃないですか。」
「どこらへんが?」
「ほら…山県久美子のレイプ事件の件とか、警察内部の権力闘争とか、ツヴァイスタンの影とか…。」
冨樫の側に寄った神谷もその画面を見つめた。
「ほんとうだ…。」
「これプロでしょ。」
「多分。」
「こんだけ深い内容ってことは、ネタ元は当時の関係者ですね。」
「そうやろうな。」
「ちゃんと取材して記事にしとる。」
「多少の間違いはあるけどな。」
古田は冨樫にサイトをリロードするように言った。
「あ。」
「どうした?」
「新しい記事が…って…これ…。」
煙草の煙を吹き出した古田は遠い目をしている。
「これ…完全にリークじゃないですか…。」
「何て書いてあるけ?」
古田のこの問いかけに、神谷は「至急報1」とタイトルに書かれた記事を読みだした。

ここでは熨子山事件に関する情報を私なりに取材し、裏を取り、記事にしてそれをアップしている。その情報の真贋は読者に委ねている。言うなれば仕入れた材料を自分なりに料理し、それを世に出して評価を仰ぐというもので、料理人のそれに似ているかもしれない。しかし、今回はその料理を放棄させていただく。ネタ元からの情報をそのままここにアップする。仕入れ材料をそのまま提供することにする。
何故か。ネタの鮮度が重要だからだ。ぼやぼやしていると、この新鮮な材料は一瞬にして腐ってしまう。よって私の方で料理をせずに、採れたままのものを提供してみようと思う。読者に皆さんでその真贋を見極めて欲しい。

ー藤堂豪は鍋島惇だー
結論から書こう。信頼できるネタ元(以後、X氏とする)によると過日発生した金沢銀行殺人事件の重要参考人である藤堂豪は熨子山事件にも登場した鍋島惇である。

「え…。」
「とんでもない暴露記事ですな…。」
「警部。続けて。」

このブログを御覧になっている方は「何言ってんだ?」と思われるだろう。そう鍋島惇は熨子山事件で村上隆二によって七尾で殺害された。これは県警からの公式発表でも明らかである。実はこれが大きな間違いの第一歩だった。
ー村上殺害時の県警による嘘ー
逮捕時に怪我をした村上隆二は入院することとなった。そしてその入院先で何者かによって殺害された。
病院内の警備は万全だった。しかし何故か犯人はその監視の目をかいくぐって村上の殺害を成し遂げた。
当時の警察発表では犯人の目撃情報は無かったことになっている。病院内に設置されたカメラも旧式で映像の解析は困難。村上殺害は迷宮入りとなった。
しかし今回、X氏からもたらされた情報はそのすべてをひっくり返すものだった。
実は監視カメラの映像は極めて鮮明なものだったというのである。そしてそこには当時死んだと思われていた鍋島惇本人の姿が写り込んでいたのである。
つまり鍋島惇は七尾で殺されていなかったのである。殺されていないどころか、この時村上を殺すために病院へやってきていたということになる。
そのような証拠がありながら警察はなぜ嘘をついたのか。
ー警備担当者の死ー
実は当時、村上の警備担当者が事件後、日本海岸で水死体で発見されている。警察発表は自殺。自分の警備の不手際によって被疑者を死に至らしめてしまったことを苦に自殺をしたというものだ。自殺であるため世間にはこの事実は伝わっていない。ここでX氏は衝撃的な事実を告白した。「警備担当者は自殺ではない。他殺だ。他殺を自殺として警察は処理した。」
警察が意図的に他殺を自殺とすることはありえるのかという議論はここではしない。ただX氏が言うことをそのまま記すと、事件当時の事情を最も分かっているはずの重要人物が、何者かの手で葬られたことになる。
ー協力者の存在ー
カメラ映像の嘘と担当者の死の隠蔽。この2つに共通して言えることはただ一つ。鍋島惇の生存を知られたくない人間が、警察内部にいたということだ。言い換えれば鍋島の協力者である。この協力者とは一体誰か。それはこの後に書くこととする。

「鍋島が残留孤児ってことだけじゃなくて、ツヴァイスタンとの関係までも書いとるんか…。」
神谷の朗読の声に耳を傾けていた古田は、いつの間にか冨樫のパソコンの前に立って画面を覗き込んでいた。
「ええ…。残留孤児の件は過去に別で記事で詳しく書いてあります。リンクも貼ってあります。」
冨樫は鍋島の経歴のことを記載してある記事を別のタブで開いてみせた。
「なるほど。ここには熨子山事件の情報の蓄積があるんやな。」
「そうみたいですね。かなりの情報量です。」
「見る人がここを見れば、その全容が掴めるっちゅうわけか。」
「ただ、すべてが時系列で綺麗に纏まっていないんで、理解するには時間がかかると思います。」
「確かにぱっと見では理解できんかもしれませんね。」
「今回の記事では山県久美子のレイプ事件についても取り上げられていますね。」
「これだけの情報を一度にリークできる人間って…。」
こう言った神谷は古田を見つめた。
「X氏は片倉課長ですね。」
古田は頷いた。
神谷は再びパソコンを覗き込み、今回の記事の最後の行を読んだ。
「X氏は鍋島は3年の年月を経てこの地に帰ってきていることは確かであり、地元住民は鍋島に十分注意する必要があると警告する。彼は「事件後整形手術を繰り返し、鍋島はいまの藤堂豪の顔を手に入れた。事件当時の鍋島惇の面影は残っていない」とも言う。
これから私はX氏からもたらされる第二、第三の情報を連続してこのブログにアップする。現在進行中の事件の情報であるため、市民の注意喚起を踏まえて読者諸君には拡散を希望する。」
大きく深呼吸した神谷は冨樫に尋ねた。
「冨樫さん。こいつSNS駆使して拡散できますか。」
「…。ええ、当然です。」
「古田さん。」
「はい。」
「拡散は、とりあえずこの石川県を中心としたものに止めようと思います。」
「なぜ?」
「こいつは鍋島に対する市民への注意喚起と奴の情報提供を求めるものです。直接的に関係のないところに拡散しても、混乱を招くだけですから。」
「いいでしょう。」
古田は納得した表情で頷いた。
「…ですがそれだけですか?」
「…いえ。」
「と言いますと。」
「イヌに感づかれるとマズいですから。」
「イヌ…。それはすなわち朝倉ですか。」
神谷は頷いた。
「さすがですな。警部。もう状況を呑み込んでいらっしゃる。」
「身内の人間を自分の都合で抹殺するなんて、警察の風上にも置けませんから。」
「気持ちいい言葉です。やりましょう。」
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101.1 第九十八話 前半



「片倉さん。スタンバイOKです。」
部屋の鍵をかけた黒田はこう言ってパソコンの前に座った。
「よし。まずはお前に俺の身分を明かす。」
「え?」
「俺は公安や。商社マンじゃない。」
「え…公安…。」
タイピングする黒田の手が止まった。片倉の背景に何か大きなものが動いている。彼がそう感じたのは当たっていたようだ。
「悪かったな今まで嘘ついとって。」
「嘘...っていうか…。」
突然の告白を受けた黒田が衝撃を受けなかったといえば、それもまた嘘となる。しかしこの時の彼は衝撃よりもむしろ覚悟を感じた。片倉は自分の本当の身分を黒田に明かすことで、これから自分がしゃべるであろうことに信憑性を持たせようとしているのだ。
「本当のことですか?片倉さん。」
「すまんかった。」
言い訳めいたことは言わない。それが更に信憑性を高め、時間の貴重さを訴えかける。ここであまり詮索はしないほうが良い。黒田は謝る必要はないと返事をしそのままタイピングを続けた。
「まず藤堂について話す。」
「はい。」
「藤堂豪は鍋島惇だ。」
「え…。」
「鍋島惇は死んどらん。藤堂の顔写真はお前、岡田から見せてもらったな。」
「はい。」
「顔は別人やけどアレは同一人物。鍋島の整形の成れの果てがあの顔やと思ってくれ。」
「整形手術…ですか…。」
「そうや。あっちこっちで細かく整形して今の顔形になっとる。一見別人やけどあの写真の男は紛れも無く鍋島や。」
黒田はもたらされる衝撃的な事実に、自分の知り得た情報を紐つけて分析を試みようとするが、片倉はそれを遮るように滔々と話し続けた。
「熨子山事件の背景に一色貴紀の交際相手の山県久美子が井上と穴山によってレイプされた事件があったのは、お前にやった資料からお前は知っとるはずや。」
「ええ。ですがその実行犯は井上でも穴山でもなかったんですよね。」
「ああ。その実行犯はどうやら藤堂。そこまではお前は知っとるはずや。」
「はい。」
「その藤堂が鍋島やったってわけや。」
「…そういうことになりますね…。」
「そもそも何で鍋島が生きとるんか。」
「ええそれです。」
「結論から言うぞ。」
黒田は唾を飲み込んだ。
「県警に鍋島の協力者がおった。」
「え…?」
「それが誰かはいまの段階では言えん。しかしこれは確実な情報や。」
「言えないって…片倉さんは誰だかわかってるんですか。」
「ああ。」
「あの…協力者…ですか?」
「ああ。その協力者が鍋島の存在をかき消すように当時の捜査を終結した。」
「終結?」
黒田はこの単語に引っかかるものがあった。
「七尾で殺害された人物は鍋島ではなく全くの別人やった。ほやけどそいつが鍋島やとでっち上げた。そうすることで、鍋島はこの世から存在を抹消された。」
「片倉さん。待ってください。その協力者は今はどこで何をしている人ですか。」
「それは追ってお前に話す。いまは俺の喋っとることをとにかくメモしろ。」
「あ…はい。」
「熨子山事件の被疑者村上隆二は逮捕時に怪我をして病院に入院しとった。」
「ええ。」
「病院っちゅう閉鎖された空間で警備体制も万全。安全なはずの病院にもかかわらず、村上は何者かによって殺された。」
「それについては村上殺害後に当時の警備担当だった警察官が忽然と姿を消して、その後日本海で水死体で発見されていますね。」
「ああ。警察発表は自殺。ほやから世間的には報じられとらん。だが黒田。そん時のそいつの遺体に不自然な点があったんや。」
「と、言いますと?」
「長尾の時とおんなじや。一見自殺による水死体。けど首がぱっくりやられとった。」
「え…。」
「コロシよコロシ。」
「まさか…。」
「まぁ今になればこいつを警察がなんで隠したんか分かる。」
「なんででしょうか?」
「記録が残っとるんや。」
「記録?」
「当時の病院の監視カメラに鍋島惇と思われる男の姿が映っとったんや。」
「え?警察発表じゃカメラの映像は粗くて解析不能って話でしたけど…まさか…。」
「ああ。そのまさかや。鮮明な映像があったんや。」
「え…。」
「その鮮明な映像はある男を捕らえとった。それが当時死んだと思われとった鍋島。鍋島の存在も当時の経緯も知っとる警備担当者が後日、口封じのために殺された。」
「う・そでしょ…。」
「嘘やと思いたいけどな。つまり内部の人間がどうにかして鍋島という存在が未だあることを隠蔽したかった。そのためにこのような工作活動を行った。こう考えるのが一番説明がつく。」
「そんな…信じられない…。」
「まぁ自分という存在をこの世から消し去られた鍋島はそのまま逃亡を図った。そして3年の月日を経て、再びここ石川県に舞い戻ってきた。」
何もかもが黒田にとって初めて知り得た情報である。とにかく一言も書き漏らしてはならない。彼は必死に片倉の言葉に耳を傾けた。
「なんで鍋島がここに戻ってきたかは、正直その本当のところは分からん。ほやけどお前がかつて「ほんまごと」に書いたネタが多少なりとも関係しとるはずや。」
「なんでしょうか。」
「お前、熨子山事件の背景にツヴァイスタンが見え隠れするとか言っとったな。」
「ツヴァイスタン?」
「おう。それや。」
「え?」
「黒田。おまえ鍋島の出自は知っとるな。」
「ええ…。残留孤児3世ですよね。」
「おう。」
「幼少期に両親が離婚、全国各地を転々とし、高校時にここ石川県に来た。しかしそこで母親が蒸発。年老いた祖父母を抱えての苦学だったと聞いています。」
「お前、その時の金主は突き止めたんか?」
「いえ。それがどうやっても顔が見えなかったんです。」
「ほうか…実はその金主がツヴァイスタンなんやって。」
「え?」
「正確に言うとツヴァイスタンの工作員。つまりスパイ。こいつが鍋島の金主やった。」
「え…?…ということは…まさか鍋島はツヴァイスタンの工作員ってことですか?」
「さあ、そこはよくわからん。ただツヴァイスタンのシンパやったんは確かや。」
「まさかツヴァイスタンが…熨子山事件に直接的な関係があったとは…。」
「残留孤児で語学にハンデがありながらも、あいつの頭の良さは折り紙つきやった。あの一色さえも舌を巻くほどやった。そんなあいつが高校卒業後、進学もせずに自衛隊に入隊した。」
「あの…それはその経済的な部分をなんとか自分で工面するためだったんでは?」
「違う。それならあいつはそのままおとなしく自衛隊で仕事をするはず。ほやけどあいつは1年余りでとっとと除隊した。」
「そこには隊内でのいじめがあったと自分は聞いています。」
「確かに俺も当時はその情報を掴んどってそう思っとった。残留孤児の恵まれん状況から考えると納得できる話やったからな。」
「違うんですか?」
「ああ違う。さっきお前に鍋島の金主の話したよな。」
「ええ。ツヴァイスタンって」
「その情報は当時には無かったんや。そこ踏まえてみぃや。」
「あ…。」
「そうや。あいつは防衛情報を盗み出すために自衛隊に入隊した。んで頃合いを見てとっとと除隊した。」
黒田は唖然とした。
「片倉さん…そのツヴァイスタンの工作員って一体何者なんですか。」
「それは後で。」
この電話の先の男、一体どれだけの情報を持っているのか。果たして今の自分に彼が言う情報を処理しきれるだろうか。黒田は不安を抱えながらも、とにかく必死にキーボードを打った。
「黒田。鍋島という男はツヴァイスタンの息がかかった男。そう考えると何か見えてこんか。」
「片倉さん…俺はいまあなたが言ってるネタをメモするので一杯一杯なんです。変な推理をさせないで下さい。」
「推理じゃねぇって。」
「え…。」
一旦手を止めた黒田は考えた。
「熨子山事件も山県久美子レイプ事件も背後にツヴァイスタンがいる。」
「そう。」
「鍋島の単なる思いつきとかで引き起こされた事件じゃない。」
「ああ。」
「まさかすべてがツヴァイスタンによる陰謀だった?」
「その陰謀論は一面的には正しい。」
「一面的?」
「おう。」
「え?ちょっと待って下さい。ツヴァイスタンと熨子山事件の関係について、俺は「ほんまごと」で一回記事にしてます。ツヴァイスタンは仁熊会と接点を持っていました。この仁熊会がマルホン建設はじめ本多善行、金沢銀行、I県警と蜜月の関係を持っていることから、当時の県警本部長朝倉は一色を使ってそれらの勢力の殲滅を計り、ツヴァイスタンの影響を排除することを画策した。」
「ああ。そう書いてあったな。俺も読ませてもらっとる。」
「この話と今の片倉さんの話を合わせると、あの事件は朝倉本部長や一色貴紀をはじめとする警察の良心派VSツヴァイスタンだったってことになりませんか?」
「おう。」
「しかし一色貴紀が鍋島によって殺害され、鍋島自身も県警に入り込んでいた鍋島の協力者によって逃された。つまりツヴァイスタンの勝利を決めた事件だった。」
「そうなるな。」
「でもそれが一面的って云うんですか?」
「ああ。一面的。」
「じゃあ別の側面を教えて下さい。」
「…わかった。その前にお前、今のところを記事にしてブログにアップしろ。」
「あ…でも…。」
「長くなるんや。途中に休憩挟まんとお前も俺ももたん。とにかくこの藤堂豪と名乗る鍋島惇がいま、金沢銀行で守衛を殺してこの石川県をうろついとるって書いてくれ。」
「鍋島が今もここをうろついている?」
「ああ。」
「そんなこと書いても良いんですか。」
「いい。市民への注意喚起や。」
不特定多数に向けて凶悪犯がこの界隈をうろついていると発すると、混乱を生み出す可能性がある。
「びびんな。捜査の大勢に影響はない。俺がケツを拭く。心配すんな。」
「あ…はい…。」
体勢に影響がないということは、警察側はこのネタを黒田発で世間に流通されるのをむしろ期待しているのかもしれない。
「あの…山県久美子のレイプ事件のことは書いても良いんですか?」
「いい。実名を出さないかぎりは。」
「久美子自身の安全は。」
「大丈夫や。」
「分かりました。一色の交際相手とだけします。」
「おう。」
黒田は片倉に言われる通り、手当たり次第打ち込んだ短文を編集してひとつの記事を作る作業を始めた。
「黒田。編集しながらでいいから聞いてくれ。」
「ええ。」
「お前正直、スパイって信じるか?」
「うーん…。本当のところはピンと来ないんですよ。」
「そうやな。普通の人はそんなもん映画の中の話やって思うわな。」
「でもそんなこと言ってしまったら、いま編集してるこの記事自体がぱあです。なんで実感はありませんけど信じるしかありません。」
「その読者層ってやつもやっぱりそう思うかな。」
「俺自体がピンときてないんですから。」
「そうか。じゃあそこんところを次に記事にしてもらうか。」
パソコンに表示されている時計を見ると時刻は20時を指していた。
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