2016年07月04日

101.1 第九十八話 前半



「片倉さん。スタンバイOKです。」
部屋の鍵をかけた黒田はこう言ってパソコンの前に座った。
「よし。まずはお前に俺の身分を明かす。」
「え?」
「俺は公安や。商社マンじゃない。」
「え…公安…。」
タイピングする黒田の手が止まった。片倉の背景に何か大きなものが動いている。彼がそう感じたのは当たっていたようだ。
「悪かったな今まで嘘ついとって。」
「嘘...っていうか…。」
突然の告白を受けた黒田が衝撃を受けなかったといえば、それもまた嘘となる。しかしこの時の彼は衝撃よりもむしろ覚悟を感じた。片倉は自分の本当の身分を黒田に明かすことで、これから自分がしゃべるであろうことに信憑性を持たせようとしているのだ。
「本当のことですか?片倉さん。」
「すまんかった。」
言い訳めいたことは言わない。それが更に信憑性を高め、時間の貴重さを訴えかける。ここであまり詮索はしないほうが良い。黒田は謝る必要はないと返事をしそのままタイピングを続けた。
「まず藤堂について話す。」
「はい。」
「藤堂豪は鍋島惇だ。」
「え…。」
「鍋島惇は死んどらん。藤堂の顔写真はお前、岡田から見せてもらったな。」
「はい。」
「顔は別人やけどアレは同一人物。鍋島の整形の成れの果てがあの顔やと思ってくれ。」
「整形手術…ですか…。」
「そうや。あっちこっちで細かく整形して今の顔形になっとる。一見別人やけどあの写真の男は紛れも無く鍋島や。」
黒田はもたらされる衝撃的な事実に、自分の知り得た情報を紐つけて分析を試みようとするが、片倉はそれを遮るように滔々と話し続けた。
「熨子山事件の背景に一色貴紀の交際相手の山県久美子が井上と穴山によってレイプされた事件があったのは、お前にやった資料からお前は知っとるはずや。」
「ええ。ですがその実行犯は井上でも穴山でもなかったんですよね。」
「ああ。その実行犯はどうやら藤堂。そこまではお前は知っとるはずや。」
「はい。」
「その藤堂が鍋島やったってわけや。」
「…そういうことになりますね…。」
「そもそも何で鍋島が生きとるんか。」
「ええそれです。」
「結論から言うぞ。」
黒田は唾を飲み込んだ。
「県警に鍋島の協力者がおった。」
「え…?」
「それが誰かはいまの段階では言えん。しかしこれは確実な情報や。」
「言えないって…片倉さんは誰だかわかってるんですか。」
「ああ。」
「あの…協力者…ですか?」
「ああ。その協力者が鍋島の存在をかき消すように当時の捜査を終結した。」
「終結?」
黒田はこの単語に引っかかるものがあった。
「七尾で殺害された人物は鍋島ではなく全くの別人やった。ほやけどそいつが鍋島やとでっち上げた。そうすることで、鍋島はこの世から存在を抹消された。」
「片倉さん。待ってください。その協力者は今はどこで何をしている人ですか。」
「それは追ってお前に話す。いまは俺の喋っとることをとにかくメモしろ。」
「あ…はい。」
「熨子山事件の被疑者村上隆二は逮捕時に怪我をして病院に入院しとった。」
「ええ。」
「病院っちゅう閉鎖された空間で警備体制も万全。安全なはずの病院にもかかわらず、村上は何者かによって殺された。」
「それについては村上殺害後に当時の警備担当だった警察官が忽然と姿を消して、その後日本海で水死体で発見されていますね。」
「ああ。警察発表は自殺。ほやから世間的には報じられとらん。だが黒田。そん時のそいつの遺体に不自然な点があったんや。」
「と、言いますと?」
「長尾の時とおんなじや。一見自殺による水死体。けど首がぱっくりやられとった。」
「え…。」
「コロシよコロシ。」
「まさか…。」
「まぁ今になればこいつを警察がなんで隠したんか分かる。」
「なんででしょうか?」
「記録が残っとるんや。」
「記録?」
「当時の病院の監視カメラに鍋島惇と思われる男の姿が映っとったんや。」
「え?警察発表じゃカメラの映像は粗くて解析不能って話でしたけど…まさか…。」
「ああ。そのまさかや。鮮明な映像があったんや。」
「え…。」
「その鮮明な映像はある男を捕らえとった。それが当時死んだと思われとった鍋島。鍋島の存在も当時の経緯も知っとる警備担当者が後日、口封じのために殺された。」
「う・そでしょ…。」
「嘘やと思いたいけどな。つまり内部の人間がどうにかして鍋島という存在が未だあることを隠蔽したかった。そのためにこのような工作活動を行った。こう考えるのが一番説明がつく。」
「そんな…信じられない…。」
「まぁ自分という存在をこの世から消し去られた鍋島はそのまま逃亡を図った。そして3年の月日を経て、再びここ石川県に舞い戻ってきた。」
何もかもが黒田にとって初めて知り得た情報である。とにかく一言も書き漏らしてはならない。彼は必死に片倉の言葉に耳を傾けた。
「なんで鍋島がここに戻ってきたかは、正直その本当のところは分からん。ほやけどお前がかつて「ほんまごと」に書いたネタが多少なりとも関係しとるはずや。」
「なんでしょうか。」
「お前、熨子山事件の背景にツヴァイスタンが見え隠れするとか言っとったな。」
「ツヴァイスタン?」
「おう。それや。」
「え?」
「黒田。おまえ鍋島の出自は知っとるな。」
「ええ…。残留孤児3世ですよね。」
「おう。」
「幼少期に両親が離婚、全国各地を転々とし、高校時にここ石川県に来た。しかしそこで母親が蒸発。年老いた祖父母を抱えての苦学だったと聞いています。」
「お前、その時の金主は突き止めたんか?」
「いえ。それがどうやっても顔が見えなかったんです。」
「ほうか…実はその金主がツヴァイスタンなんやって。」
「え?」
「正確に言うとツヴァイスタンの工作員。つまりスパイ。こいつが鍋島の金主やった。」
「え…?…ということは…まさか鍋島はツヴァイスタンの工作員ってことですか?」
「さあ、そこはよくわからん。ただツヴァイスタンのシンパやったんは確かや。」
「まさかツヴァイスタンが…熨子山事件に直接的な関係があったとは…。」
「残留孤児で語学にハンデがありながらも、あいつの頭の良さは折り紙つきやった。あの一色さえも舌を巻くほどやった。そんなあいつが高校卒業後、進学もせずに自衛隊に入隊した。」
「あの…それはその経済的な部分をなんとか自分で工面するためだったんでは?」
「違う。それならあいつはそのままおとなしく自衛隊で仕事をするはず。ほやけどあいつは1年余りでとっとと除隊した。」
「そこには隊内でのいじめがあったと自分は聞いています。」
「確かに俺も当時はその情報を掴んどってそう思っとった。残留孤児の恵まれん状況から考えると納得できる話やったからな。」
「違うんですか?」
「ああ違う。さっきお前に鍋島の金主の話したよな。」
「ええ。ツヴァイスタンって」
「その情報は当時には無かったんや。そこ踏まえてみぃや。」
「あ…。」
「そうや。あいつは防衛情報を盗み出すために自衛隊に入隊した。んで頃合いを見てとっとと除隊した。」
黒田は唖然とした。
「片倉さん…そのツヴァイスタンの工作員って一体何者なんですか。」
「それは後で。」
この電話の先の男、一体どれだけの情報を持っているのか。果たして今の自分に彼が言う情報を処理しきれるだろうか。黒田は不安を抱えながらも、とにかく必死にキーボードを打った。
「黒田。鍋島という男はツヴァイスタンの息がかかった男。そう考えると何か見えてこんか。」
「片倉さん…俺はいまあなたが言ってるネタをメモするので一杯一杯なんです。変な推理をさせないで下さい。」
「推理じゃねぇって。」
「え…。」
一旦手を止めた黒田は考えた。
「熨子山事件も山県久美子レイプ事件も背後にツヴァイスタンがいる。」
「そう。」
「鍋島の単なる思いつきとかで引き起こされた事件じゃない。」
「ああ。」
「まさかすべてがツヴァイスタンによる陰謀だった?」
「その陰謀論は一面的には正しい。」
「一面的?」
「おう。」
「え?ちょっと待って下さい。ツヴァイスタンと熨子山事件の関係について、俺は「ほんまごと」で一回記事にしてます。ツヴァイスタンは仁熊会と接点を持っていました。この仁熊会がマルホン建設はじめ本多善行、金沢銀行、I県警と蜜月の関係を持っていることから、当時の県警本部長朝倉は一色を使ってそれらの勢力の殲滅を計り、ツヴァイスタンの影響を排除することを画策した。」
「ああ。そう書いてあったな。俺も読ませてもらっとる。」
「この話と今の片倉さんの話を合わせると、あの事件は朝倉本部長や一色貴紀をはじめとする警察の良心派VSツヴァイスタンだったってことになりませんか?」
「おう。」
「しかし一色貴紀が鍋島によって殺害され、鍋島自身も県警に入り込んでいた鍋島の協力者によって逃された。つまりツヴァイスタンの勝利を決めた事件だった。」
「そうなるな。」
「でもそれが一面的って云うんですか?」
「ああ。一面的。」
「じゃあ別の側面を教えて下さい。」
「…わかった。その前にお前、今のところを記事にしてブログにアップしろ。」
「あ…でも…。」
「長くなるんや。途中に休憩挟まんとお前も俺ももたん。とにかくこの藤堂豪と名乗る鍋島惇がいま、金沢銀行で守衛を殺してこの石川県をうろついとるって書いてくれ。」
「鍋島が今もここをうろついている?」
「ああ。」
「そんなこと書いても良いんですか。」
「いい。市民への注意喚起や。」
不特定多数に向けて凶悪犯がこの界隈をうろついていると発すると、混乱を生み出す可能性がある。
「びびんな。捜査の大勢に影響はない。俺がケツを拭く。心配すんな。」
「あ…はい…。」
体勢に影響がないということは、警察側はこのネタを黒田発で世間に流通されるのをむしろ期待しているのかもしれない。
「あの…山県久美子のレイプ事件のことは書いても良いんですか?」
「いい。実名を出さないかぎりは。」
「久美子自身の安全は。」
「大丈夫や。」
「分かりました。一色の交際相手とだけします。」
「おう。」
黒田は片倉に言われる通り、手当たり次第打ち込んだ短文を編集してひとつの記事を作る作業を始めた。
「黒田。編集しながらでいいから聞いてくれ。」
「ええ。」
「お前正直、スパイって信じるか?」
「うーん…。本当のところはピンと来ないんですよ。」
「そうやな。普通の人はそんなもん映画の中の話やって思うわな。」
「でもそんなこと言ってしまったら、いま編集してるこの記事自体がぱあです。なんで実感はありませんけど信じるしかありません。」
「その読者層ってやつもやっぱりそう思うかな。」
「俺自体がピンときてないんですから。」
「そうか。じゃあそこんところを次に記事にしてもらうか。」
パソコンに表示されている時計を見ると時刻は20時を指していた。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする
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