2016年08月01日

105.1 第百二話 前半



「え…い・岩崎さん?」
横に座っていた京子は相馬の第一声に驚きを隠せない様子だ。
「あ…おじゃましました。」
相馬は電話を切ろうとした。
「待って。」
「え?」
「…ありがとう。」
「え…。」
「相馬くんが言ったとおり、自分だけを見てくれる人に私の思ってること話した。」
「あ…おう…。」
京子が相馬の顔を覗き込む。彼は彼女に頷いてみせた。
「けど…。」
「けど?」
「彼…私の隣で戸惑ってる。」
「…え…ちょ…待って…。」
どういうことだ。自分の思いを告げたならば後はその返事を聞くだけだ。まさかこの展開は土壇場で長谷部が岩崎を受け入れることが出来ないとの判断を下したためのものとでも言うのか。相馬は言葉に詰まった。
「それだけ。ついでだから相馬くんに報告しとこうと思って。長谷部君に替わるわね。」
自分はよりによって岩崎の告白のタイミングで長谷部に電話をかけてしまったというのか。相馬は気まずくなった。しかしそれにしても何故、その最悪なタイミングでかけた電話に長谷部ではなく岩崎が出たのだろうか。
「おう…相馬…。」
「わりい長谷部。俺電話切るわ。」
「待てま。」
「え?」
「ありがとう。」
わけがわからない。岩崎も長谷部もなぜ自分に礼を言うのか。
「よく分からんけど、お前、俺のこと彼女に推してくれとってんな。」
「…あ…。」
「本当にありがとう。おかげで俺は彼女の気持ちとかいろいろ聞くことができた。」
「おう…。」
「俺は彼女にできるだけのことをやってあげたいと思う。」
良かった。岩崎からの告白は成功のようである。胸をなでおろした相馬は隣りに座る京子に再度頷いてみせた。
「けどな…。」
「あ?」
「本人前にしてここで言うのもなんやけど。正直、俺だけで受け止めきれるかわからん。」
「え?」
「わからんげん。…なぁ相馬…。」
「…なんや。」
「お前も力貸してくれんけ。」
「え?俺が?」
「ちょっと…相馬くんは関係ないじゃない。」
麗が横から口を挟んだ。
「いいから。黙って。」
「何で?だってそんなことしたら…。」
ちょっと待ってくれと言って携帯のマイクを指で抑えて彼は麗を見た。
「俺ひとりでそのイマガワって奴をどうこうできるなんて思えん。何をどうするのが下間さんにとってベストか、第三者の客観的なアドバイスがほしい。」
「でも…。」
「下間さん。俺は君をなんとかしたいんや。」
長谷部の真剣な眼差しに麗は黙った。
「相馬ってああ見えて大局観とかけっこう良いげんて。んでそん中で自分がどう立ち振る舞えばいいかの判断が優れとる。こういう奴は情勢を客観的に見る力に優れとる。俺はいま冷静に物事を考えられる状態にない。ほやからあいつの力を借りたい。」
「でもそれって、私がいま長谷部君に言ったこと…相馬くんにもって話じゃない?」
長谷部は頷く。
「だってイマガワって奴はその家政婦の息子に何の躊躇いもなく二発の銃弾を撃ち込むことができる恐ろしいやつねんろ。そんな奴相手に俺らみたいな素人がなんかできるとは思えん。」
「…どういうこと?」
「ちゃんとした人の力を借りんといかん話や。」
「ちゃんとした?」
「うん。」
「え?それってどういうこと?」
「警察の力を借りる。」
「え?」
麗の身体が硬直した。
「ほら京子ちゃんおるやろ。」
「う…うん…。」
「あの子の親父さん県警のそこそこのポジションやったはずや。」
「え?」
「相馬も京子ちゃんももともと剣道部で警察の人に知り合いが居るとかおらんとか言っとったくらいやから、なんかのツテがあるはずや。そこを頼るのもいいかもしれん。」
「警察…。」
麗の顔が青ざめた。
「どうしたん?」
「まさか…片倉って…。」
「え?何?下間さん京子ちゃんの親父さんのこと知っとらん?」
「あ…いえ…別に…。」
「とにかく可能性がある方に協力を仰ぐのが一番やと思う。」
長谷部は携帯を再び耳に当てた。
麗の方は半ば呆然とした様子である。
「そんな…。」
「あぁ相馬すまん。いまお前どこにおらん。」
「俺?俺はその…。」
「どこいや。」
「あの…京子ちゃん家…。」
「へ?」
長谷部は素っ頓狂な声を出してしまった。
「悪いか…。」
「い・いや…別に…。」
電話の向こう側の意外なシチュエーションに長谷部はドギマギした。しかし彼は何かを閃いたのか思わず手を叩いた。
「ってことはそこに京子ちゃん居れんな。」
「あ…ああ。」
「こいつは願ったり叶ったり。」
「あん?」
「お前ら2人、今からちょっとだけ身体貸してくれんけ。」
「今から?」
「おう。どうしても力貸して欲しいげんて。」
「どういう力ぃや。」
「知恵とコネ。」
「知恵とコネ?」
「確か京子ちゃんの家ってお前の家の近所って言っとったな。俺、彼女の家知らんし、お前んち今から行くから頼む。」
そう言って長谷部は一方的に電話を切り、サイドブレーキを降ろしてアクセルを踏み込んだ。
「警察…。」
再びこの単語を漏らした麗の表情は浮かないものである。
「下間さん。君はツヴァイスタンの人間。どういう経緯でその国交のない国の人が岩崎香織っていう別人を語ってここに居るのはわからん。けどそれは明らかにマズいことや。」
「…。」
「法律の云々は俺は良くは分からんけど、警察にこれがバレたら君は多分強制送還とかなんかになる。」
「長谷部君…あなた…私を警察に売ろうってわけ…。」
「違う。それ以前に君にはイマガワっていう恐ろしい重しがある。何の躊躇いもなく家政婦の息子に二発の銃弾を撃つことができるような奴や。ある意味ヤクザなんかよりもたちが悪い。まずはこの危険なものから君を遠ざけて、安全を確保せんといかん。」
「そんなこと言ったって…。」
「何言っとれんて!下間さんに何かがあったら元も子もないやろ!」
長谷部は麗を一喝した。
「下間さん。なんで俺に自分の生い立ちのこと喋ったん。」
「え?」
「正直疲れとれんろ。岩崎香織を演じるのが。」
「…。」
「正直、さっきの話は未だに信じられん。でも…反面嬉しい。」
「嬉しい?」
「だって仮面をとってくれたんやから。本当の君を知ることができたんやから…。」
麗は沈黙した。
海側環状線にある長谷部の車は速度を上げた。

電話を切られた相馬は複雑な表情だった。
「長谷部どうやって?」
「今から俺ら迎えに来るって。」
「え?」
「あいつ京子ちゃんち知らんから俺んちに来るって。」
「何しに?」
「なんか分からん。でもなんかいつもと様子が違う。」
「どう。」
「本気で俺らを頼っとる。」
「俺ら?俺らって私も?」
相馬は頷く。
「なんで私も?」
「…多分、岩崎さんのことじゃないが。」
「岩崎さん?」
「うん。」
「え…まさか…あいつ香織ちゃんが下間の娘って…。」
「分からんよ。でもなんかそんな気がする。」
京子は腕を組んだ。
「それで知恵とコネか…。」
「知恵っていうのもよく分からんけど、コネって…。」
「周のコネってアレじゃないが。」
「あん?」
「ほらテレビ。」
「あ・おう。」
「さしずめ私は文脈から言ってお父さんの方面かな。」
「警察か…。」
「周ってバイト先の人と連絡とれらん?」
「まぁ一応。携帯は知っとる。京子ちゃんは?」
「…一応お父さんやし。」
「…行くか。」
時計を見た京子は相馬の誘いに頷いて応えた。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする
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