2016年10月24日

116.1 第百十三話 前半



ー見てられない…。お前…おまえは…クソだ…。
ー村上…。
心臓の鼓動と併せて激しい痛みが襲う頭を両手で抑えながら、鍋島は目を瞑った。

3年前

眠りに落ちた一色をおぶり、村上を残して山小屋を出た。そして周囲を覆う雑木林の中に入っていった。
ーくそ…意外と重ぇぞ…こいつ…。
暗闇の舗装も何もされていない獣道。ぬかるんだ地面に時折足を取られながらも鍋島は淡々と進んだ。暫くすると彼は熨子山の墓地公園に出た。
ーこいつもここに眠ることになる。
「う…。」
居並ぶ墓地をすり抜けるように進んでいた彼は、ふと足を止めた。
ーいま、何か声がしたような…。
振り返って自分の肩越しに見える一色の様子を窺うも、彼は深い眠りについたままのようである。
ー気のせいか…。
墓地公園の駐車場に止めてあった車のトランクに一色を詰め込んだ鍋島は、エンジンを掛けた。ダッシュボードに表示される時計を見て彼は車を発進させた。
ー山小屋から最短で麓に降りるには一旦山頂の展望台に出て、そこから一気に駆け下りる。あの時の経験を村上が身体で覚えていればそうするはずだ。
麓に向けて駆け抜けてた鍋島だったが、ここでブレーキを踏んだ。
ー念のため確認するか…。
車を反転させ進路を麓から山頂にとった彼はアクセルを踏み込んだ。
鍋島は展望台がある山頂の駐車場に到着した。腕時計に目を落とすと時刻は0時40分だった。エンジンを切った彼は車から降りて展望台の方に向かった。
「うん?」
ふと地面を見ると舗装されていない道にタイヤの跡がある。
ー待て…。まさかこの先に誰かいるのか…。
息を潜めた鍋島はゆっくりと進んだ。
「ま…待ってください…。」
男の声が聞こえる。
「お…落ち着いて…。お…俺らは何もしていませんから…。」
ー俺ら?
物陰から鍋島は声のする方を覗いた。
そこには腰を抜かしたような体勢で後ずさりする男の姿があった。よく見ると女性が彼にしがみついて身体を震わせている。鍋島は男の視線の先を見た。
ー村上。
白いシャツに血しぶきをつけた村上がハンマーを持って、彼らにゆっくりと近づいている。
「お…お願いです…。い…命だけは…。」
恐怖のあまり男も女も動けないようだ。男はとうとう後ずさりもできなくなってしまった。村上と彼らの距離は着実に縮まっている。村上は手にしているハンマーを振り上げた。
「由香っ!」
女の名前を呼んだ男は、彼女の頭を自分の腕の中に抱きしめた。自分の身を呈して彼女を守ろうというのである。しかしこの行動とは裏腹に男の身体は恐ろしく震える。
ハンマーを振り上げたまま、直ぐ側まで来た村上はそこで動きを止めた。
「ひいっ…。」
「く…。」
「ひいいいい…。」
「あ…が…。」
「ゆ…由香…。」
振り上げられたハンマーは村上の手を離れ地面に落下した。
「え…。」
「あ…く…か…。」
「え…。」
村上は膝から崩れ落ちた。そして息遣いが荒くなった。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
「え…え…。」
「行け…。」
「は…。」
「はや…く…行け…。」
村上のこの言葉に立ち上がろうとするも、下半身に力が入らず男は立てない。それは一緒にいる女も同じだ。
「はやくここから去れっ!」
男と女は村上に背を向け、這ったまま力なく車の方に向かった。
「ちっ。」
物陰に隠れていた鍋島が突如として2人の前に立ちはだかった。
「悪く思うな。」
男の背後に回った鍋島は両腕で彼の首の骨をへし折った。そして間髪入れずに女の首も同じくへし折った。
「鍋島ぁー!」
その様子を見ていた村上が大声を上げた。
「うるせぇよ。このヘボが。」
変わり果てた2人をそのままにして鍋島は村上の方に向かった。
「なんだお前。もう効き目が切れたか?」
「お前…いま自分が何やったのかわかってんのか!」
「だからうるせぇって。黙れよ村上。」
鍋島は村上を指差した。
「お前こそ何なんだよ。血まみれだぞ。」
自分の姿を改めて見た村上は体が震えだした。
「て…てめぇ…俺に何をさせた…。」
「見ての通り、結構ヒデェ事やったんじゃねぇか。」
瞬間、地面に落ちたハンマーを手にして村上は鍋島に襲いかかった。しかしそれは見事にかわされた。
「なんだよお前。そうやってあいつらもやっちまえば俺の手煩わせなくてよかったじゃねぇか。」
「貴様…。貴様はなんでこうも人の命を虫けら同様に扱うんだ…。」
「はいはい。お説教はもういいよ。さっき山小屋の中で嫌ってほど聞いた。」
「山小屋?」
「あーそのあたりは記憶ぶっ飛んてんだ。」
鍋島は村上からハンマーを取り上げた。そして二体の遺体の方に向かった。
「こいつも一色の犯行にしておくか。」
「え?」
そう言って彼は二人の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。
「あ…ああ…。」
顔面に振り下ろされるたびに鈍い音が闇夜の静寂にこだまする。この恐怖の光景を村上は力なく見つめるしか無かった。
やがて鍋島は立ち上がった。
「こいつらがこうなったのもお前の責任だ。」
「なに…。」
「お前がこいつらに遭遇さえしなければ、こいつらはこうはならなかった。すべてお前の不注意によるものだ。お前のヘマがこの結果を作り出した。」
「え…。」
そう言って鍋島はサングラスを外した。
「これはお前がやった。お前は山小屋で穴山と井上の顔面を粉砕し、そこから逃亡を図る際にこの二人と遭遇した。お前はこいつらを口封じのために殺して、こいつらの顔面も粉砕した。そう一色の犯行に仕立て上げるためにな。」
鍋島と目があった村上は何も言えない。ただ彼の瞳を見つめるだけである。
「とにかくお前は麓に降りて、その格好をなんとかしろ。後で合流だ。」
サングラスをかけ直した鍋島を見て村上は口を開いた。
「わかった。」
「いいだろう。」
「こいつらはこのままにしておく。」
「そうだな。」
「では後ほど。」
そう言って村上は闇夜に消えていった。
変わり果てた遺体の前にしゃがんだ鍋島はそれに向かって手を合わせた。
「あなたがた2人の死は決して無駄にしません。」
深々と頭を下げた鍋島はその場に背を向けた。
「誰が好んで人殺しなんかするよ…村上…。」
ふと麓の方に目をやると金沢の夜景が彼の目に飛び込んできた。
「俺は地獄にすら行けねぇよ…。」

「はぁはぁはぁ…。」
ークソが…。
鍋島は展望台の真下に止めてある車を眺めた。
ーこのタイミングでまた誰かいるのか…。
彼は物陰に身を隠した。そして周囲の様子を伺った。
ー誰もいない…車の中か…。
ー待て…車にエンジンがかかっていない…。窓も明いていないじゃねぇか…。
深夜と言えども7月中旬である。気温はさほどでもないかもしれないが、湿気が酷い。こんな中でエンジンを切って誰かが車の中にいると思えない。
鍋島は息を潜めて車の側に寄った。
人の気配がしない。
ーどういうことだ…。
こっそりと車の中を覗いたときのことである。鍋島の動きが止まった。
「あ…。」
再び彼は膝から崩れ落ちた。
「な…なに…。」
車の運転席と助手席にはそれぞれ間宮と桐本の遺影が置かれていた。
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする
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