2016年11月21日

120.1 第百十七話 前半



「思いっきり泣いて少しは気が済んだか。」
落ち着きを取り戻しつつある麗にこう声をかけると、彼女はかすかに頷いた。
「お前さんの扱いはワシの管轄じゃない。然るべき人間があんたを待っとる。」
そういうと古田は時計に目を落とした。時刻は1時15分である。
「佐竹さん。やわらやと思います。」
「いよいよですか。」
「この子らは安全な場所に移動させたほうがいいかと。」
佐竹は頷いた。
「相馬くん。」
「はい。」
「君らは今から職員室の方へ移動してくれないか。」
「え?職員室ですか?」
「うん。」
「え...でも…。」
「さっき古田さんが言ったように、君たちはこの北高にいれば安全だ。だけど万全を期すために職員室で待機していて欲しい。」
「って言ってもいつまで…。」
「鍋島とのケリがつくまで。」
「ケリがつくまで…。」
「何日も職員室にいろって言うんじゃない。また朝になればここはいつものように学生が来て授業が始まる。それ迄にはなんとかする予定だよ。」
「え…待ってください佐竹さん。ってことはやわら鍋島さんがここに来るってことですか。」
「…そうだ。」
「え...なんで…。警察が血眼になって探しとるはずの男が、なんでここに。」
「余計な詮索はやめてくれ。時間がない。君らは直ちに職員室へ向かうんだ。」
「大丈夫ですよ相馬さん。職員室にいけばなんとなく事情は掴めると思います。」
「え?」
「さあ早く。」
相馬は京子と長谷部の顔を見た。彼らなりに状況を理解しているようで、みな相馬に向かって頷いた。長谷部は麗を抱きかかえた。
「麗。」
古田が声をかけた。
「…。」
「母ちゃんを大事にせいよ。」
麗は無言で古田の方を見つめた。
「またお前の書いた絵、見せてくれ。」
うっすらと笑みを浮かべた麗は古田に背を向け、彼女たちは剣道場を後にした。
「さて…。」
古田はサングラスをかけた。それを見た佐竹もおもむろにサングラスを取り出した。
「佐竹さん。ひとつ聞いていいですか。」
「はい。」
「鍋島逮捕に警察は最善を尽くします。」
「お願いします。」
「そのために警視庁からの応援も配備済みです。」
「ありがとうございます。」
「ですが万が一ってこともある。」
「…。」
「そん時は覚悟ができていますか。」
「…美紀のことですか。」
古田は頷いた。
「ワシはひとりもんや。ワシがどうなろうが周りに迷惑をかけることはない。」
佐竹は古田を見つめしばしの間沈黙した。
「…多分、大丈夫ですよ。」
「多分?多分ってそんなあやふやなもんここに来て駄目ですよ。」
「古田さん。一色の奴言ってたんでしょ。」
「うん?」
「俺が鍋島に引導を渡してはじめて一色の絵が出来上がる。俺が欠ければ鍋島はまた逃亡を図る。」
サングラスの横から古田は佐竹の表情を見つめる。
「ふっ…。気づいていましたか…。」
「一色は敢えてその遺書みたいな手紙を俺には残さなかった。つまりその辺りは同じ釜の飯を食った仲、肌で感じて察しろってことです。まぁこれに気づくまでに3年の時間がかかりましたけどね。」
「打てば響く。それが一色のあなたの人物評です。あいつは佐竹さんが自発的に鍋島と対峙するように待てとワシに言葉を残しておりました。」
「ふっ…。」
「可笑しいですか。」
「一見無謀と思われる作戦を立てつつも、常に相手の虚を突く策を用意する。しかも二重三重に。だけどあいつは決してそれを俺らに無理強いはしなかった。こういう作戦があるから乗らないかって具合だった。作戦の立案者である一色は全体の成果に責任を持つ。その代わり作戦に乗る個々人はそれに沿って死力を尽くして闘う。作戦にのった自分の決断に責任を持てって言うんです。」
「筋が通っていますね。」
「俺は一色の考えに乗ったんです。だからあとはベストを尽くすだけです。美紀に俺にもしものことがあったら赤松を頼れ的なことを言う方が野暮ですよ。それって一見覚悟ができているようでできていない人間の言葉でもあります。」
「なるほど。」
「例えどんなクソみたいな作戦でも軍隊みたいに上官の命令は絶対ってところだと、今言った自分にもしものことがあったら的なことは必要でしょう。ですが今回は違う。ひとりの人間の思いを受けて全て自分の意志で決定し行動しています。」
「佐竹さんは一色を信頼しているんですね。」
「一色だけじゃありません。古田さん。あなたもです。」
「ふっ…。」
「古田さんだけじゃない。相馬くんらも、警察の人らもみんなです。」
「佐竹さん…。」
「みんな一色を信じて自分で決断し行動している。同じものを信じる人間同士頼り合い、はじめて信頼が成立する。」
古田に熱いものがこみ上げた。
「俺ひとりじゃ何もできません。ですが俺の周りには一色を信じた多くの仲間がいる。だから俺は仲間に恥じないよう自分自身の判断を信じてベストを尽くします。」
「それが北高剣道部の…。」
「ええ。俺らの伝統であり文化です。」
「来ました。」
装着されたイヤホンから聞こえた声に反応した古田は佐竹の方を見た。
「赤外線センサーが人間の侵入をキャッチ。おそらくヤツです。」
「鍋島ですか。」
「はい。」
「行きましょうか。古田さん。」
「ええ。」
サングラスを掛けた佐竹は古田とともに剣道場を後にした。


北高から400メートルほど離れた6階建てのマンション。その屋上で地面に伏せ、暗視スコープを覗く悠里が居た。
「やっとかよ…。」
赤外線独特のモノクロの画面で北高の校門付近に人の影を認識した悠里は呟いた。
「どんだけ遅刻してんだよ。二時間どころじゃないだろ。」

「2時間後、北高に来い。」
「は?」
「お前にチャンスをやる。」
「なに…。」
「2時間の間に自分の身の処し方を考えておけ。」99

悠里が覗く暗視スコープの画面には北高の校舎の映像が映し出されていた。全体的に暗い画面の中にところどころに線のようなものが見える。
「ったく…鍋島。お前にまんまとハメられるところだったよ。学校なんてセキュアな場所で落ち合うなんて、わざわざ面倒を起こしに行くようなもんだ。どうせ俺を囮にして、お前は混乱に乗じて消えようって魂胆だったんだろ。そうはいくかよ。」
画面の中の人物はどこか脚を引きずっているようにも見える。
「まぁお前は手負いのようだから、確かにこれはチャンスだな。」

「北高での行動がその後のお前の人生を左右する。」
「何を偉そうに…。」
「俺にとってもな。」99

暗視スコープを覗いていた悠里は一旦それから目を外した。
「俺の行動が…俺の人生を左右する…。」

「止めておけ。」
「はいそうですかとは言えないってことは、お前も分かるだろう。」
「…分かるがどこかで止めないことには、一生自由というものは手に入らない。お前は仁川征爾のまま生きていくことになる。」99

「俺に何を期待してんだ...あいつ…。」
邪念を払うように悠里は自分の顔を何度か叩いて、再び暗視スコープを覗いた。
画面の中の鍋島は校門を潜った。
「鍋島…。なんでお前はこの北高を選んだ…。お前はここで何をするつもりなんだ…。」
posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする
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